うつ病やPTSDに効く? LSD、MDMA、キノコ……医学的研究が進む幻覚剤の最先端
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精神医療の行き詰まりと脳科学で解けない「意識」
ところが、90年代末からLSD、シロシビン、MDMAやケタミン、DMT(南米アマゾンの植物、アヤワスカなどに含まれる成分)の学術分野における研究目的の使用が徐々に許諾されるようになった。今や米国トップクラスのカリフォルニア大学バークレー校、ハーバード大、ジョンズ・ホプキンス大、イェール大、ニューヨーク大などが研究拠点を持ち、ヨーロッパでも研究が進められている。
この背景には以下のようなことがある。
(1)神経科学の発達とMRIなど脳機能の測定装置の進歩により、薬物が実際に脳にどんな影響を与えるのかがわかるようになってきた――現在の研究水準・研究規範に照らした再検証が可能になった/再検証すべき段階になった――こと。
(2)60~70年代に体験した世代が、今や研究機関や規制当局のエスタブリッシュメントとして君臨したり、アンダーグラウンドでサイケデリック・セラピーなどの実績を長年積み重ねたりしてきた結果、「十分に配慮した環境下で容量・用法を誤らなければ、使用のリスクは高くない」というコンセンサスが生まれてきたこと。
(3)プロザックなどSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)以降の精神医療の行き詰まり打破への期待が高まっていること。
サイケデリクスはアルコールやニコチン、コカインのような依存性の高い薬物とは根本的に脳への影響が異なることが神経科学的に明白であり、両者を混同して共に推奨する科学者やセラピストはほぼいない。例えば、コカインは脳の報酬系(快楽を司るドーパミン神経系回路)などを一時的に満たして深い多幸感を引き出すが、人によってはそれが依存症の引き金になる。一方、マジックマッシュルームに含まれるシロシビンは、理性を司るとされる脳の前頭前野における情報のやり取りの仕方を変える。効く部分も効き方も、まったく異なるのだ。その上、サイケデリクスは基本的に依存性はなく、副作用も相対的に少ない。
近年の具体的な研究分野としては、まず50年代までにも行われていた精神疾患やアルコールなどの依存症の治療がある。加えて、末期がん患者のような終末期医療を受けている人々が抱く死の恐怖をやわらげるといった効果も期待され、研究されている。そして、サイケデリクス服用時における脳の状態の変化をMRIなどで測定することで、いまだ脳科学で解き明かせない人間の「意識」の謎に迫る足がかりにしようといった動きもある。
米政府機関が処方を認可──うつ病に効果的な幻覚剤
では、どんな研究の成果があるのか? ほんの一部だが、以下に挙げてみよう。
ジョンズ・ホプキンス大の研究者が不安や抑うつ症状を抱えるがん患者51人にシロシビンを投与したところ、半年が経過した後も被験者の80%が緩和した状態を保ち、さらに被験者の60%は症状がほとんど見られない平常の状態にまで戻った。これらの研究を受けて18年、米国食品医薬品局(FDA)はシロシビンには深刻な症状への潜在的治療効果が認められるとして、薬品の審査と開発の迅速化を許可した。
先に触れたSSRIは感情を抑制する働きによる副作用が知られているが、シロシビンは逆に感情を拡大することで他者とのつながりを増すという。治療セッションは1~2度受けただけで効果が得られ、薬が抜けた後も良好の状態が続くと報告されている。シロシビンに似た自然由来のドラッグであるイボガインも、主にラットを用いた32件の研究活動のまとめとして、コカイン、アヘン、アルコールの自己投与を減らす効果があるとした記事が16年5月発行の科学雑誌「サイエンティフィック・アメリカン」に掲載されたほか、ポジティブな効用が認められている。
また、ニューサウスウェールズ大のコリーン・ルー教授は、ほかの薬では効果がなかったうつ病患者を対象に、16年から3年かけて二重盲検法(医師も患者もどんな薬を使うか知らされないテスト)によるケタミンの治験を実施。全員60歳以上の被験者16人にケタミンを1回投与しただけで、被験者の半数にうつ病の症状が見られなくなった。さらに、ジョンソン・エンド・ジョンソン社とイェール大が差し迫った自殺リスクのある68人にエスケタミン(ケタミン分子の一部をなす物質)を投与したところ、24時間以内に抑うつ症状の改善が見られ、その状態が25日前後も持続。エスケタミンは、従来の治療法で改善が見られないうつ病患者に対し、医師の監督下での処方が19年3月にFDAによって認められ、同年12月には欧州委員会の承認も得た(ただし、ケタミン、エスケタミンはDMTなどと異なり、乱用につながる懸念もある)。
そのほか、アメリカの非営利団体Multidisciplinary Association for Psychedelic Studies(MAPS)がPTSD(心的外傷後ストレス障害)患者を対象にMDMAを用いた臨床試験では、被験者107人のうち56%が2カ月後にPTSDの条件に合致しなくなり、12カ月後にはその割合は68%にまで高まった。なお、MDMAはPTSD以外にも、不安障害や自閉症、アルコール依存症への応用が期待されている。
こうした研究の成果は、医療の“現場”にもすでに影響を与えているのだろうか? ニューヨークで開業している精神科医・松木隆志氏は、こう語る。
「いずれの幻覚剤も医療分野では実用段階ではなく、依然として研究段階といえるでしょう。まだ大規模な治験までは行われておらず、臨床現場で使われるようにはなっていません」
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