クロサカタツヤ×落合孝文──日本の未来はこの会議次第!? 規制改革議論の最前線
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落合 投資等WGとは別に、自民党の政務調査会【4】が今年6月に「放送のインターネット同時配信等に関する提言」【5】を出しています。その中では、放送に関する著作権制度の改革について、今年10月末に総務省と文化庁で検討の結論を出し、12月末までに制度設計と法案作成することを求めていました。また7月に閣議決定された規制改革実施計画でも対応を進めることとされていました。
クロサカ だとすると、政府・与党の考えていたスケジュールに、文化庁はまったく間に合っていないですね。本来なら法律の原案がすでにできていて、文化庁と内閣法制局とで法案の文面の調整を始めていないといけないはずなのに、そのめども立っていない。来年の通常国会には、とてもじゃないけど間に合わないですよね。
落合 かなりのピッチでの進行が必要な状況なのは、間違いないと思います。
クロサカ 過去に検討してきて、内閣からも「やれ」といわれたことをやっていないのだから、河野大臣が怒るのも仕方がないですよね。
落合 ただ、文化庁も10月5日の第20回では、「10月中に結論を得て、早急に詳細な制度設計等を行い、次期通常国会での法案成立を目指す。」という資料を出されています。各所に配慮した検討を早急に進められたのは素晴らしいことだと思いますし、細部に神が宿ることがあるので注視が必要ですが、改正案のとりまとめには期待しています。国民の利益を第一にしつつ、放送のパイを拡大させ、権利者と放送事業者が納得するような形になればと思っています。
クロサカ ただ、放送事業者にとっては、経営が悪化していく中でIP同時送信が生き残っていく武器になるかもしれない。それなのに、自分たちの能力不足ではなく、外側の役所や政府の動きが遅いことで、その武器が使えないとなると、特に地方局にとっては経営への悪影響も考えられます。
落合 NHKがすでに進めていますが、民放もIP同時送信をしたほうが世の中にとってはいいはずです。4K・8Kに5Gと、これから放送は通信のほうに寄っていかないといけないので、早めに準備してもらえればと思っています。日本のテレビ局は、コンテンツを作る主体として非常に大事な役割を担っていると思うので、その人たちがネット時代にもうまく生き残って、ネットフリックスだとかの海外コンテンツだけにならないように準備をしないといけない。それなのに、外部の影響で準備が遅れたり、先が見通せない状況になったりすると、厳しいだろうなと思います。また放送局の話題は外れますが、テレビ局のコンテンツの大黒柱となる著作権の権利者も報われる仕組みが必要なことは繰り返し強調したいです。
クロサカ これまでも放送と通信の話は繰り返し議論されてきましたが、いつも同じところに落ちてしまうと思っています。はっきり言って、すべての動きが遅いじゃないですか。IP同時送信だって、世の中の普通の人の目線からしたら「なんでまだできないの」と思っている。
落合 ちゃんと時代に合わせて対応できていないというのは、日本企業全般の課題じゃないかと思っています。放送だけの話ではない気がするんですよね。
今の時代、存在する社会的なインフラや技術に合ったビジネスはなんなのか。時代によって良い手法というのは変わっていくから、一気に変革できなくても、少しずつ合わせていけば、ある程度ついていくことはできたはずなのに、全般的にやってこなかった。その結果、企業の時価総額ランキングで、バブル期はトップ10のほとんどが日本企業だったのが、今では米中で占められている。一度、上手くいったら「そのままでいいや」という考えになってしまったというか、慣性力が強く働きすぎた気がします。
クロサカ おっしゃる通りで、放送に限らず多くの業界で共通していると思います。もう歴史の話になってしまいますが、日本は戦後の急成長によって、30年前のバブルのピーク時に、経済として一定の完成を見たわけです。その成功体験から抜け出せていないのかな。
落合 30年というのが、どのくらいの長さかというと、1952年のサンフランシスコ講和条約の発効から見れば、1982年には日米貿易摩擦を引き起こすほどの経済成長を迎えるまでになるわけです。ほとんど何もなかった国が、世界のトップレベルまで30年で達したと考えると、なんでもできるくらいの時間だったということです。だから、それを失ったと言うことは非常に重いし、簡単には取り戻せない。
クロサカ その間、我々は何もしてこなかったに等しい結果しか得られないんだとすると、そこで仕事をしていた人たちは、どんなに優秀な人材だったとしても、責任を取って退場しないといけないのかもしれない。
落合 今、30年を取り戻すだけではなく、さらに新型コロナというきっかけによって、社会を大きく変えていこうという状況になっています。その中でやるべきことは、単純に紙やFAXをPDFにするというのではなく、今の社会環境を踏まえて生活や仕事のやり方を変えつつ、情報技術を組み込んでデジタル化を進めることです。また10年後20年後にあるべき未来からバックキャストしながら、社会を変えていこうという議論をすることも大事だと思います。
クロサカ 本当におっしゃる通りだと思います。厳しい言い方ですが、ダメな物を改善してもダメなんですよね。大黒柱が腐っているんだったら、その家は建て直さないとダメ。そういう、当たり前のことを直視する勇気が必要そうです。
落合 ITシステムの改修も、レガシーを背負ってやろうとすると非常に辛い。社会制度もシステムの一種なので、元の設計が今に合っていないとどんどん辛くなっていくし、いま変えるのが大変なことは、10年後にはその10倍とか100倍大変になってしまう。だからこそ、どこかで勇気を持ってパラダイムシフトして行きましょう。その方が、ある期間は適応で苦しむかもしれないけど、最終的には社会として持続可能性が高まるんじゃないでしょうか。
【1】規制改革推進会議
内閣総理大臣の諮問に基づき「経済社会の構造改革を進める上で必要な規制の在り方の改革」について調査審議するために設置された審議会。学識者や経営者、弁護士などが委員を務める。これまで行政手続きやデジタルガバメントといった行政自体の改革、農業、雇用、医療・介護、通信、放送、金融、不動産など各産業における規制についてなど幅広いテーマを扱ってきている。
【2】投資等ワーキング・グループ
規制改革推進会議の下に設置された部会。他の部会では取り扱わないテーマに取り組むという位置づけのため、FinTechやITサービス、電波、通信、放送、スタートアップ、電力市場など幅広い分野の規制改革に取り組む。
【3】IP同時送信
テレビ番組を電波での放送と同時にインターネットで配信することで、国内では20年4月からNHKが先行開始。放送終了後の番組配信はすでに行われているが、同時配信については放送と配信でことなる権利処理、配信設備や体制構築にかかるコストなどで実現遅れていた。
【4】自民党の政務調査会
自由民主党において政策に関する調査研究と立案を担当する部会。自民党の政策や提出する法案は、すべて政務調査会の審査を経なければないため、ここでの方針が与党としての政策になる。
【5】放送のインターネット同時配信等に関する提言
自民党の政務調査会の「知的財産戦略調査会」「デジタル社会実現に向けての知財活用小委員会」が20年6月に提出した、放送コンテンツの著作権処理の円滑化のために取りまとめた政策方針。
<対談を終えて>
IT業界に関心を寄せる方で、不惑以上の世代であれば、「通信と放送の融合」という言葉を聞かれたことがあるでしょう。
2004年頃、堀江貴文氏(ホリエモン)率いる当時のライブドアが、村上ファンドと手を組んでフジテレビの買収に乗り出したことなども、その世代の方々であればご記憶のはずです。
ところで、ことさらに「世代」を強調したのには、訳があります。単純なことで、もうそんなことが議論されはじめてから、20年近い月日が流れているのです。
だとすると、現在30代の方は、小・中学生だったわけで、記憶にないわけではないけれど当時関心はなかった、という向きがいても、まったく不思議ではありません。
また、東日本大震災の時を思い出してみてください。ニュースだけとは言え、NHKも民放も、リアルタイムでYouTubeやニコニコ動画で番組を流していました。福島第一原子力発電所が爆発する光景を映し出したテレビ番組を、ネットで見たという方も少なくないでしょう。そんな震災から、来年の3月で10年を迎えます。
賢明な読者の皆様であれば、もうおわかりいただけるでしょう。ここで、私が言いたかったのは、「どうしてこんなに時間がかかるの?」ということです。人間の肉体的な世代がおよそ30年を一区切りだと考えれば、もう一世代に近い時間を費やしています。
あるいはモバイル通信技術の世代は十年一昔。2000年代前半といえば、3Gがようやく安定し、iモードが全盛期を迎えた頃です。
もちろん私たちはその後、スマートフォンの時代を迎え、気がつけば10年以上が経ちました。スマホで動画を見る、あるいはテレビを見ながらスマホでSNSを楽しむ。こういったスタイルはもう普通のものになっています。
それこそテレビ番組自体、「SNSで投稿をお寄せください」といったメッセージや、「ネットでみつけたおもしろ動画」などの番組で溢れています。
私自身は、通信と放送の両方と向かい合っているので、産業側の理屈として時間がかかる理由は、ある程度理解できます。しかし、そうした理屈が、結果として存続の危うい放送事業者を生み出し、また通信サービスをつまらないものにしたとも言えそうです。
そして私自身、そうした理解に甘んじてきたという意味で、連座しなければならないかもしれません。
落合先生が委員を務める規制改革推進会議での議論を振り返りながら、改めてそんなことを考えています。
落合孝文(オチアイ タカフミ)
2004年、慶応義塾大学理工学部数理科学科卒業。2005年、慶応義塾大学大学院理工学研究科基礎理工学専攻在学中に旧司法試験合格し、同大学院を中退。第二東京弁護士会所属(渥美坂井法律事務所・外国法共同事業パートナー)。金融や不動産を中心にITを利用したビジネス立ち上げや規制対応の支援に取り組む。AIやブロックチェーンなど新しいテクノロジーをテーマにした政府会議の委員も多数務める。
クロサカタツヤ
1975年生まれ。株式会社 企(くわだて)代表取締役。三菱総合研究所にて情報通信事業のコンサルティングや政策立案のプロジェクトに従事。07年に独立、情報通信分野のコンサルティングを多く手掛ける。また16年より慶應義塾大学大学院特任准教授(ICT政策)を兼任。政府委員等を多数歴任。
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