『家、ついて行ってイイですか?』たった12日間の結婚生活を送った老齢男女「“家族”じゃないと入れない場所がある」
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‘病室の中、12日間だけの結婚生活’
立石でスタッフが声をかけたのは、73歳の女性・民子さん。国立劇場での歌舞伎観劇の帰りだそうだ。「家、ついて行ってイイですか?」と尋ねると「でも、家汚いよ?」と一度は躊躇したものの、笑顔で承諾してくれた。
ご自宅へ向かう途中、民子さんの携帯に息子さんからの着信があった。彼女には3人の息子さんがいるとのこと。
――家には旦那さんがいらっしゃる?
民子さん 「死にました」
――申し訳ございません。旦那さんはいつお亡くなりに?
民子さん 「結婚したのが(2020年の)3月6日で、(同年の)3月18日に死んじゃったんです」
つまり、結婚期間は12日間のみである。
「普通の結婚とは違うの」
家に到着すると、一人暮らしのはずの民子さんは「ヒロシさん、ただいま」と口にした。12日間の結婚生活の末に亡くなった彼女のご主人の名前らしい。築40年、家賃7万円の2DKの片隅には歌舞伎のDVDが何枚も重ねてあった。
「歌舞伎観ているときだけは、ヒロシさんのこと忘れているわね」
他の棚を見ると市松人形が飾ってあった。
「女の子がいなかったせいもあるわね。子どもが男3人だったからねえ。で、1人亡くした子もいたりね……。4人目を『いらない』って夫に言われて。それが元で離婚したようなもんなんですけど」
このときの「夫」とは、ヒロシさんの前に結婚していた元夫を指している。離婚後は3人の息子を連れて立石の実家に戻り、女手一つで子どもたちを育ててきた。
ちなみに、民子さんがこの部屋に住み始めたのは5年前から。元はヒロシさんがここで一人暮らしをしており、そこに強引に住まわせてもらったという。2人の出会いは約40年前まで遡る。ある職場で、アルバイト(民子さん)と正社員(ヒロシさん)という立場で知り合った。民子さんはバツイチで、ヒロシさんはずっと独身。その後、民子さんは大病に冒された。
民子さん 「腸にいっぱい穴が開いちゃって、腸を20cm切ったのね。で、ヒロシさんを頼ってこのアパートに私が強引に来たの。住まわせてもらったの」
――それは、恋人同士だったからですか?
民子さん 「恋人って言っていいのかわからない。とにかく、頼ったのね」
――なぜ、息子さんじゃなくてヒロシさんを頼った?
民子さん 「動くことも大変で。起きることもトイレ、お風呂、食事も全て補助が必要だった。それを息子たちに頼るのはちょっと無理だなあと思って。(40年来の付き合いの)ヒロシさんなら何でもやってくれると思って、ヒロシさんに頼っちゃったのねえ……」
――実際に補助してくれたんですか?
民子さん 「うん。嫌な顔一つしたことないですよ」
――ヒロシさんとはどういう関係なんですか?
民子さん 「わからない。言葉では言えない」
――好きだった?
民子さん 「それだってわからない。『好き』って言われたことないから」
――民子さん自身は?
民子さん 「私も言ったことないしね(笑)」
好きではないのに、2人はどうして結婚したのだろう?
「(2020年)2月半ばにヒロシさんががんってわかって。これは入籍したほうがいいなって思って、ヒロシさんと相談して入籍したの。病院は家族じゃないと入れない場所があるのね。手術するところとか、色々」
内縁関係ではダメで、家族しか入れない場所というのは確かにある。コロナ禍だから、病院側もいつも以上に対応が厳しいかもしれない。世の中には色んな関係性があるし、色んな家族の形があるのに。
「ヒロシさんが死んで初めてわかったのは、『こういうことが人としての愛だな』っていうね。うん、知らされた」
2人の間にあったのは紛れもなく愛だ。人間愛とも言えるし、広い意味での愛である。だから、ヒロシさんは最後のパートナーに彼女を選んだ。自分が望んだ形で最期を迎えたのだから、きっと彼は報われていたはずだ。
――ヒロシさんは民子さんのことをずっと好きだったんですかね?
民子さん 「なんかわかんないの。だから、死ぬ前に聞きたかったの。本当に聞こうと思った翌日に死んじゃったの。大事な話、一言もしてないの……。だからもう、一生の後悔ね。あんなに早く逝くとは思ってないからさ」
――結婚して幸せでした?
民子さん 「うーん、あんまり実感がないわね。病院だもの。ただ、付き添っていられるっていうのがせめて私にできることだから、妻であってそれは良かったと思う」
ヒロシさんの世話をするために結婚し、今もなお想う民子さん。それは彼女の愛だ。世の中には色んな愛の形がある。
民子さんはヒロシさんへの感情を「わからない」と表現した。しかし、自分のことを好きなのか知りたかったということは、彼女はヒロシさんのことが好きだったのだと思う。だから、12日間だけでも夫婦でいれて本当に良かった。
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