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リーマンショックを超える大暴落──世界を動かし、中東を変化させるコロナ後の石油地政学を占う11冊

原油をめぐる攻防が世界史を動かしてきた

 前出の柴田氏は、石油外交への理解をさらに深めてくれる書物として、まず『石油の帝国』を挙げる。

「この本の主人公は、エクソンモービルのCEOであり、トランプ政権では国務長官にも指名された、レックス・ティラーソンという人物です。彼は石油に依存する世界の中で、石油と地政学リスクの関係性ということをよく考えた人でした。特に、石油開発は時代が進むにつれ、採掘しやすいイージーオイルから、深海の油田のように技術的に採掘が難しくて高コストになってしまったり、地政学的にも政情不安でさまざまな問題がつきまとってくるハードオイルに切り替わってくる。そのことをどう考えればいいのかが、この本では詳しく書かれています。また、ティラーソンは地球温暖化についても石油依存という世界のシステムを改めなくてはならないと真剣に考えていた、結構誠実な人物でもありました」

 しかし、歴史的には、石油をめぐる利権争いは数々の戦争を引き起こしてきた。それは、ブッシュ政権下で03年に勃発したイラク戦争も例外ではない。柴田氏が続ける。

「『ペトロダラー戦争』は、ドルとエネルギーの関係について書かれた本です。この本では、ニクソン大統領と当時のサウジアラビアの国王が、1970年代に結んだ密約にも多くのページが割かれています。これは、アメリカが第二次大戦後、世界経済の覇者となったものの、海外で流通しているドル量がアメリカが持っている金の量を上回り、金ドル本位制を維持できなくなってドルの信認不安が起きた後、OPEC(石油輸出国機構)の原油価格の引き上げを認める代わりに、これからは原油の取り引きはすべてドル建てで行うと定めたものです。この協定を破り、原油の取り引きをユーロで行おうとしたのがイラクの大統領だったサダム・フセインであり、実はイラク戦争の原因はここにあったということを明らかにしたのが、読みどころになっています」

 まさに、原油をめぐる攻防は世界史を動かしてきたことが、これらの本を読むと理解することができるのだ。

石油が出ることで国が貧しくなる?

 引き続き、柴田氏に石油と中東について詳しくなれる本を紹介してもらう。

「『キングオブオイル』は、オイルショックの際の原油取引などで巨万の冨を手にするも、脱税や不正取引などでFBIから指名手配されて、有罪判決を受けた実業家、マーク・リッチについて書かれた本です。彼がイランやキューバ、ナイジェリアなどの独裁政権といかに取り引きし、巧妙にビジネスを行ったかということが生き生きと書かれていて、とても読み応えがあります。

『地球最後のオイルショック』は、石油の生産ピークが近づいていることについて書かれた本。石油の埋蔵量は減りつつあり、今後ますます採掘が困難な石油しか存在しなくなることは明白なため、原油価格は将来的には上がらざるを得ません。結局、資源というのは、それを採掘するのにかかるお金とマーケット価格の採算が合ってこそ資源となるのであり、あまりにも採掘が困難になれば、それはもはや資源ではなくなる。そのような時代が来たら、どうすればいいのか。本書を読めば、そのヒントが見つかるかもしれません。

『石油の呪い』に書かれているのは、石油は貧しい国に莫大な資産をもたらしますが、逆説的にオイルマネーがあるおかげで独裁政権が継続してしまったり、石油以外の製造業が発展しなかったりなど、発展阻害要因にもなり得るということです。石油があるがためにその国の為替レートも上がってしまいますし、実は石油が産出することは、いいことばかりではないということです」

 日本は資源が乏しいからこそ、製造業を発展させてきたとはよく言われることだが、実は石油がほとんど出てこないというのは、日本にとっては幸運だったのだろうか?

イスラム教を理解すれば中東が理解できる

 さて、中東と石油について理解するためには、中東の精神的基盤であるイスラム教への理解も欠かせない。ここからは、前出の保坂氏に再びご登場いただき、より広い意味で中東について知れる本を紹介していこう。

「『アラビスト外交官の中東回想録』は、90年8月にイラク軍がクウェートに侵攻した湾岸危機と、それを受けて91年1月にアメリカがイラクを攻撃した湾岸戦争のときに日本が置かれた状況を、当時駐イラク大使だった外交官が回想した本です。この湾岸危機のとき、イラクは数百人の日本人を人質に取り、イラク国内から出さないことで国際社会に圧力をかけました。実は私も当時大使館員としてクウェートにいて、人質になったひとりだったのですが、この湾岸危機と湾岸戦争は、その後の日本の外交政策を180度変えるくらいのインパクトがあったのです。要するに中東にある石油を手に入れるために日本人は中東に外交官や商社マンを派遣しなければいけないわけですが、そういう日本人を守る手段を実は日本政府は何も持っていないという事実を突きつけられた。同時に、そのとき日本人が人質になったのは日本が親米国であるからにほかならず、アメリカに追随しているということは日本経済の柱であると同時に、安全保障上の諸刃の剣でもあるということが明らかになりました。そのことがエネルギー安全保障にもたらす意味を考えるうえでも、この本は非常に参考になりますね」

 これまで見てきたように、日本のエネルギー政策を知る上で中東についての知識は欠かせないが、その中東を知るために必須なのがイスラム教への理解である。日本人にはなじみの薄いイスラム教を理解するための書として保坂氏が推薦するのが『『コーラン』を読む』である。

「コーランの翻訳者である井筒俊彦さんの本を読んでイスラムに憧れた人は多いのですが、実際に中東の人と親しくなると、井筒さんが書くほどには高尚な思想を持っているわけではないので、やや拍子抜けすることになります。そんな罪作りな井筒さんではありますが、この本は講演を文字にしたものなので、ほかの著作よりも読みやすく、イスラムへの興味を満たすには格好の名著だと思います。コーラン――今はクルアーンと言うことが多いですが――のさまざまな章句を井筒さんなりに分析しているので、原典はとっつきにくいコーランの世界を比較的手軽に知ることができます」

 井筒氏が紹介したイスラム神秘主義のような豊かな精神性を持つ一方で、中東では数々の戦争や紛争が繰り返されてきた。パレスチナ問題は最大の問題のひとつで、イスラエルの建国により国を追われたパレスチナ難民は、今もパレスチナ自治区などで移動や職業の選択が厳しく制限された生活を送っている。

「『ハイファに戻って/太陽の男たち』は、パレスチナ出身で、36歳で暗殺された作家が書いた短編小説を集めたもの。表題作の『太陽の男たち』は、イラクからクウェートへ、タンクローリーのタンク内に隠れて密入国を図った3人のパレスチナ人が、悲惨な最後を迎えるまでの物語です。ある意味でパレスチナ人が置かれた苦境を一番如実に描いている本であり、パレスチナ関係の本を何十冊読んでも、これに勝るものはないかもしれません。

『無の国の門』は、2015年に原書が刊行された最近の作品で、シリア内戦について書かれています。作者はシリア出身でヨーロッパに移住した人なのですが、内戦を機にシリアに戻って取材し、ルポルタージュに近い小説である本書を書き上げました。内戦についてのさまざまな証言を集めたような構成になっていて、小説という形をとっていることでかえって、シリア内戦という悲劇の持つ本質的な部分を鮮明に浮き彫りにしています」

 中東を理解するためには、お手軽な新書などよりも、著者が精魂を込めて書いた大著を時間をかけて読んでほしい、と話す保坂氏。この11冊を読めば、難解な中東と石油について大枠は捉えられるはずだ。

(取材・文/里中高志)
※「月刊サイゾー」9月号より一部転載。全文は「サイゾーpremium」でお読みいただけます。

里中高志(ジャーナリスト)

フリージャーナリスト。精神保健福祉士。メンタルヘルスと宗教を得意分野とする。著書に『栗本薫と中島梓 世界最長の物語を書いた人』(早川書房)、『精神障害者枠で働く』(中央法規出版)、『触法精神障害者 医療観察法をめぐって』(中央公論新社)。

最終更新:2021/01/12 09:00
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