『えんとつ町のプペル』は、ビジネス書をそのままアニメ化した信者ホイホイ!? 信者vsアンチのレビュー合戦も
#アニメ #キングコング #西野亮廣
説明だらけなのに肝心な背景説明は足りず…
――あれだけ説明が多いのは、子供向けを意識した結果なんですかね? バカでもわかるというか。今日の客層を見ると子連れは少なかったですが……。
A氏:いやいや、子供が観ることも想定してるジブリ作品は、セリフによる状況説明なんて必要最低限しかありませんよ。きちんとした芝居と演出が施されていれば、小学生だって説明なしでもついていけるものです。
B氏:むしろ、子供が飽きちゃう内容だったのではと思います。子供にとって、説明セリフってひどく退屈に感じるものですし、その説明内容も全然子供向けではない言葉遣い、かつ子供が抱くような疑問には応えないものでしたからねえ。子供からすると、置いていかれた気分になった可能性すらあります。どちらかといえば、「自分の話を100%理解してもらえないと許せないタイプの大人が、理解力の低い大人に対してくどくど話し続ける」大人向けの内容でしたよね。
A氏 そのわりに、重要な事実やキャラクターのバックボーンに対する事前説明が、ぜんぜん足りていないんですよ。なので、「え? その設定、今はじめて聞いたんですけど」の連続で話が進んでいく。脚本で一番やっちゃいけないことです。
B氏:キャラクター造形もあやふやでした。ちょっと体格のいい近所の子とか、えんとつ掃除仲間のおじさんたち何人かとか、母親やその友人たちとか、気弱そうな政府側のトップとか、人物背景が見えないから「なぜこの人はこういう発言や行動をするのか」が腑に落ちないまま、話がどんどん進んでましたね。ぶっちゃけ、主人公(ルビッチ)ですらどういうキャラクターなのか、最後までつかめないまま終わりました。あの子は何がモチベーションになり、どういうことなら頑張れて、どういうことだとどうでも良くて、何を言われると怒って、何が起きるとうれしいのか、そしてそれらの背景がよくわからないままに進むんですよね……途中でキャラがぶれてるような気がすることも起きますし。
A氏:特に重要でもない、長ったらしい、「アクションのためのアクション」みたいなシーンに尺を割くくらいなら、もっとキャラの内面や過去を掘り下げたほうがよかった。これはルビッチ以外のキャラ全般に言えますけど。
あと、登場人物の行動に必然性が希薄でした。冒頭でプペルとルビッチがアクシデント的に出会いますが、ひとしきりアクションゲームみたいなシーンが冗長に続いたあと、ひどい目に遭わされたルビッチがプペルに、「友達になってよ」と言いますけど、唐突すぎやしませんか?
B氏:友達になる理由が皆無(笑)。「え? そんな親しみを覚えるようなことあった?」みたいな。
A氏:そういった、物語るうえで最低限必要な描写が抜けているわりに、「信じる」みたいなワードが入った“自己啓発くさいセリフ”がやたら多くて、全編が埋め尽くされてる。
――その“パンチライン”を見せたいがばかりに、キャラクターにセリフを言わせてるので、世界観を推し量る要素がまるでなかったですね。
A氏:映画って、音楽で言うと、たくさんの楽器が奏でるハーモニーや複雑な展開を楽しむ交響曲に近いと思うんですけど、『プペル』はまるで着メロ。おそろしく単純で音色の少ないメロディが100分間垂れ流されていた、という印象です。
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