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日刊サイゾー トップ > インタビュー  > カニエ・ウェストはなぜ人種差別的な小説に惹かれた?

なぜカニエ・ウェストは人種差別的な小説に惹かれた? 現代アメリカ文学が描く“時代”を気鋭研究者が徹底分析!

21世紀アメリカ文学の最高傑作が#MeTooで失墜

――こういう本を手に取る人の動機のひとつは「何を読めばいいのか知りたい」だと思うのですが、この本を読むと今のアメリカ文学には良くも悪くも「これを読んでおけばいい」的な代表的な作品はないのかな、という印象を受けました。

青木 皆が「読んでいる」ことを前提に議論ができるアメリカ文学は、01年のジョナサン・フランゼン『ザ・コレクションズ』が最後といわれています。エンタメはともかく文学で社会現象を巻き起こした大ベストセラーという意味では、そうかもしれません。

『ザ・コレクションズ(上)』ジョナサン・フランゼン/ハヤカワepi文庫

 少し前までは、「21世紀のアメリカ文学の最高傑作は?」といったリストには、どれを見てもジュノ・ディアスの2007年作『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』が入っていた。これは『AKIRA』やゲームが好きなオタクが主人公で、今でいう「ぼっち」「非モテ」的な存在を描いた導入部に始まるんだけれども――2010年代以降の文脈では過激化した「インセル」が思い浮かんでしまうものの、そういったものとは一線を画して――、家族の話を交えてドミニカの歴史を語るものになる。ところが、ジュノ・ディアスは18年にセクハラ、アカハラの告発があって、まったく語られなくなった。この一連のスキャンダルは、この本の企画に大きな影響を及ぼしています。

『オスカー・ワオの短く凄まじい人生』ジュノ・ディアス/新潮クレスト・ブックス

 もちろん、ジャーナリズムのレベルでは2010年代が終わったときに主要メディアが「ベスト100」企画をやっていて、先に挙げたジェスミン・ウォードやコルソン・ホワイトヘッドに加え、ジェニファー・イーガン『ならずものがやってくる』やポール・ビーティ『ザ・セルアウト』などが大概入っています。だけど、10年、20年経つと、かつてのベストセラーがまったく読まれなくなることもざらにありますから、本当にその時代を代表させていいのかは現段階では判断しがたいですね。

『ならずものがやってくる』ジェニファー・イーガン/ハヤカワepi文庫
『The Sellout』Paul Beatty/Picador

 

――本の巻末の座談会で矢倉喬士さんが、自分より上の世代の研究者たちはアメリカ文学を拡張・越境させてきたけれども、収束させる作業をしてこなかったんじゃないかと語っていますよね。「これを読むべき」「これが良い」というコンセンサスの取れるキャノン(正典)やセミクラシックを定めるような作業・運動はあまりなかったんでしょうか?

青木 それはすごく難しい質問です。キャノンは同時代的には……作られてはいないですね。90年代まではありますが、それ以降、2000年代、2010年代の古典・正典になる作品といわれて「これだ!」というものを挙げるのは難しい。

 その理由のひとつは、今は「○年代には○○があった」と言えるような運動が明確にないからです。モダニズムがあって、ポストモダニズムがあって、リアリズムが再流行して、女性やマイノリティ、移民文学が出てきて、ハイカルチャーとサブカルチャーの垣根が壊れて……といったことはひと通りやってしまった。

 加えて、2016年にはまさかの大統領選でトランプ勝利があり、それが続くのかと思いきや今度はバイデンが勝利し、#MeTooやBLMなどによってさまざまなクリエイターの失脚や復活があった。このような先が読めない時代の混乱もあって、評価の視点が定まらないのかもしれません。

――逆に、これまではどうやって決まってきたんですか?

青木 日本では文壇・論壇があるけれども、アメリカの場合はアカデミズムが圧倒的に強いですから、今後キャノンが定まるとしたら、アメリカの主要大学出版局が新しく教科書や文学史を書くときでしょうね。

 もうひとつは、フォロワーを生むような作家が出てきたときです。「ピンチョン以降」「ハルキ以降」みたいにメルクマールになる作家の登場ですね。アメリカ作家だとトニ・モリスンとレイモンド・カーヴァーが最後じゃないかなぁ。局地的、瞬間的な盛り上がりはありましたけれど。

『青い眼がほしい』トニ・モリスン/ハヤカワepi文庫
『大聖堂』レイモンド・カーヴァー/中央公論新社

 

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