なぜカニエ・ウェストは人種差別的な小説に惹かれた? 現代アメリカ文学が描く“時代”を気鋭研究者が徹底分析!
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意気投合したカニエとエリス
一方のエリスは、「ハリウッドは企業文化に侵されている。芸術において重要な美学やスタイルよりも、人種やジェンダー、セクシュアリティの多様性やアイデンティティ政治性が重視されている」と批判している。そんな一見すると対象的な2人がオバマ政権時代に意気投合し、トランプ時代になるとまったく違う脚光の浴び方をする。
――「これは何が起こってるんだ?」と思いますよね。
青木 エリスのロジックは複雑ですが主張はシンプルで、「政治を芸術の評価軸に持ち込むな」、そして「多様性は企業が金儲けをするために掲げられているにすぎない」です。これは一見すると、ここ近年、日本のネットにもよく見られる反リベラルで冷笑的な態度ですが、しかし、文学者であるエリスの憤りは知的でクリティカルで、なによりオバマ時代から一貫している切実さがある。結果として、僕が書いた記事の中でもっとも多く読まれました。実際、今こうしてエリスへの言及から飯田さんがこのインタビューを始められたように、「文学ファン」を超えてポップ・カルチャーが好きな人にも届き、この本に興味を持っていただけたのは嬉しいです。
ポップ・カルチャーだけが好きな人と文学だけが好きな人では、見えている景色が違うと思いますが、この本は裾野が広いので、アメリカの音楽や映画が好きな人、文学が好きな人、それぞれに読んでもらえたら、そこがつながるような発見があるんじゃないでしょうか。
この本は、8人の学者が参加し、みんな「同時代の作品を知りたい」という欲望から始まりました。評価が確定しない同時代の現象を扱うことは、我々のような文学研究者は本来、不得手です。しかし、それでもやはり「知りたい」。そして、翻訳が出るより早く、なおかつ翻訳者や書評家ではなく研究者だからこそ言えることを書けば、読みたい人がいるはずだ、と。そういう想いから、それぞれ専門分野が異なる人間が集まってできた本になっています。
――青木さんは、ポップ・カルチャーにはない、または足りないけれども文学にはあるものってなんだと思いますか?
青木 圧倒的な「個」の強さだと思います。再びエリスを引くと、彼は「最近の文学はどうなんですか?」と訊かれたときに、「すごく面白いものがある」と言ってジェスミン・ウォードの『歌え、葬られぬ者たちよ、歌え』やコルソン・ホワイトヘッドの『地下鉄道』の話をする。どちらも黒人作家の書いた奴隷制をめぐる全米図書賞受賞作で、言ってしまえば政治的に正しい小説ですが、彼はきちんとそういうものを評価できる。
エリスはハリウッド・リベラル的な美学、企業や資本主義の問題を舌鋒鋭く批判しています。多額の資金を投じられて何千、何万人が動員されマーケティングを意識して作られるがゆえに、どうしても大衆や企業におもねって、ある種の丸さを呼び込んでしまう、という指摘です。それに比べると小説は、ひとりの作家が美学とスタイルを徹底して追求して書ける。結局のところ小説は、その一語一語、句読点に至るまで、すべての言葉がたったひとりの作家を通して表現されますからね。それでいて強烈な時代の制約を受けて、それが作品に現れる。改めて面白いメディアです。
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