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紗倉まなの登場は偶然か必然か──単なる告白本から文学へ昇華した「AV女優小説」の進化論

――これまでは自伝的作品や、ともすると告白本テイストのものが多かったAV女優の小説。だが徐々に、本格派の小説も珍しくなくなってきている。そこで今、作家としての地位を確立させつつある紗倉まなの成功例から、AV女優小説の文学的価値を紐解いてみよう。

紗倉まなの登場は偶然か必然か──単なる告白本から文学へ昇華した「AV女優小説」の進化論の画像1
紗倉まな著『最低。』(KADOKAWA)

 AV女優による小説。その金字塔といえばやはり、飯島愛の『プラトニック・セックス』だろう。レイプ、虐待、シンナー、援助交際、整形、中絶などの苛烈な実体験やAV出演について赤裸々に描き、当時すでに人気タレントとして一般メディアにも出演していた彼女のセンセーショナルな告白本は、170万部を超えるベストセラーとなった。ほかにもトップ女優としてはみひろが『nude』で、AVデビューによるさまざまな葛藤を小説にし、マンガ化・映画化もされたことなどを見てもわかる通り、近年ではAV女優が小説を書くケースも珍しくなくなっている。

 ただし、AV女優が作家としてデビューしても、その活動は長く続かないことがほとんど。もちろん、官能小説だけでなく『実話奇譚』シリーズなど、怪談作家としても活躍する川奈まり子や、引退後に自伝小説『すべては「裸になる」から始まって』を発売し、その後もエッセイや小説を発表し続けている森下くるみなど、テーマを変えて書き続けている元女優もいる。

 しかし、大半の(元)AV女優の作品は“自伝”や“私小説”の1冊で終わってしまう。そこで語られるのは、カメラには映らないAV撮影の内幕や、これまでの半生の苦しみや特異な職業に対する世間との葛藤。演者として活動していた女優の知られざる側面が垣間見えるという点で需要は大きいものの、自らを主語にして小説のすべてを実体験に依存する手法は、そう何度も使えるものではない。

 というより、最初から彼女たちの知名度を利用しただけのものもありそうだ。そうした作品は暴露本や告白本とカテゴライズされることも多く、作品性というよりは話題性重視。文学として評価されることは少なかった。

 それでも、大手出版社で文芸作品を手がける編集者A氏は、AV女優の作品には近年新たな需要が見いだされていると話す。

「昔に比べてAV女優が一般的な人気を得てきていますし、実際のAVの制作現場を描いたら、特に男性は興味があると思います。あと業界に女性監督が増えたり、女性のファンも増えてますよね。AV女優という性にまつわる現場で働く女性が、どんな考え持っているのかという点で、同性にも興味を持たれていると思います。戸田真琴さんがフェミニズムについて書かれているのも話題ですし、そうしたテーマを設けた小説であれば、彼女たちにしか書けないものがあるのかもしれません」

 実際にマンガ『アラサーちゃん』で有名になった峰なゆかのように、小説以外の書籍で注目される元AV女優も出てきている。

 そんな中で、AVの制作現場という男性性が強いホモソーシャルな世界の中で生き、あらゆる場面で女性として消費されてきたAV女優の言葉が今、力を帯びてきているのだ。だが、その発信方法が小説となると、書き手にはかなりの技術と表現力が必要となる。

「基本的に物語を書けるか否かは、どれだけたくさんの本を読み込んでいるかが重要だと思います。どんな小説家も、フィクションに自分の体験が入ってくるとは思いますが、それをどういう枠組みで描き、物語を展開させていくか――創造力に必要なのは読書量なんですよね。たとえば又吉直樹さんも『火花』(文藝春秋)ではお笑い芸人としての実体験が強めだったと思うんですが、そのあとにしっかりお笑い以外をテーマにして2作品書いています。本好きを公言し常に小説を読み続けている又吉さんだからこそ、彼の目から見た世界を飛躍させて物語として発展させられるわけです」(同)

 AVを引退し、3月に自伝『単体女優――AVに捧げた16年』を出した吉沢明歩も小説の難しさに直面したことをウェブのインタビューなどで語っている。彼女は小説の執筆をひとつの目標としており、作家の新堂冬樹からプロデュースを受けているというが、実は執筆に着手したのは7年ほど前のことだとか。しかし、途中で筆が止まってしまい、今回は小説ではなく自伝を発売するに至ったという。

 今や中国でもっとも人気のある日本人と言っても過言ではない蒼井そらも、これまで半生を書いた『ぶっちゃけ蒼井そら』やエッセイ集『そら模様』(講談社)などを出版してきた。いよいよ小説に着手か? とも思われたが、今年6月に出したフィクション作品『夜が明けたら 蒼井そら』は、蒼井そらをモデルに作家の藤原亜姫が執筆している。

紗倉まなの登場がAV女優小説を変えた

 そんな自伝の枠を超えない AV女優小説のイメージ、今まさにそれを変える存在が出現している。それが紗倉まなだ。2012年にAVデビューすると一躍トップ女優に上り詰め、SOD大賞やスカパー! アダルト放送大賞などで数々の賞を総なめ。いまだ現役のトップランナーでありながら人気絶頂のうちに、AV業界に生きる女性たちの姿を描いた自身初の小説『最低。』を発表した。

 AV女優は引退後に小説を書くことが多い中、小説以外にもさまざまな場所に寄稿し、バラエティ出演やニュースのコメンテーターを務めるなど、異色の存在だ。版元のKADOKAWAでデビュー作と2作目の『凹凸』を担当したダ・ヴィンチ編集部の川戸崇央氏は、彼女と出会って間もなく作家としてのおもしろさを感じたという。

「最初にお会いしたのはウェブ版『ダ・ヴィンチニュース』の取材でした。その時に紗倉さんはトヨタが運営するサイト『GAZOO.com』で連載を持っていたり、エッセイも書いていた。本が好きな方ですしウチの取材も喜んでくれていたので、『小説の執筆には興味がありますか?』と聞きました。その後、彼女が入院してる時に書き始めたという小説を見せてもらったんですがそれが、桜庭一樹さんとか藤野可織さんとか川上未映子さんといった、女性作家の作品を読み込まれている方なのではないか、という印象を抱かせるものだったんです。実際に原稿のやり取りをさせていただくようになってからは、忙しい本業がある中でめちゃくちゃ文章量を書いているんですよ。そのエンジンの強さみたいなものを見て、将来作家として羽ばたいていく方なのではないかと感じました」

 そして共に作品を作る中で、いわゆる“タレント本”の書き手とは一線を画す才能を見たという。

「紗倉さんは書き続けられる、そしてテーマを探せる人ですね。AV女優に限らずタレントさんの中には、書かざる得ない必然性が見えない方もいて、人から企画を与えられなくても書ける人じゃないと難しい。エッセイを書いている人であれば自分の視点を記すことはできると思うのですが、小説としての面白さやいびつさが出なかったりするんですよね。実際に『最低。』は部数でいうと約5万部ほどで、爆発的に売れたというわけではないんですけど映画にもなりましたし、見てる人はちゃんと見てくれてて。実際にAV女優としての紗倉さんを知らなくても、本としておもしろかったという人がたくさんいました」(川戸氏)

 自らの経験を元に自伝やエッセイは書けても、ストーリー性のある小説を書くのは簡単ではない。その点、もともと本が好きで、自らテーマを探して書く力が備わっていた彼女は、AV業界でも稀有な存在だったという。

 3作目の『春、死なん』を担当した講談社・群像編集部の須田美音氏も、紗倉まなの作家性を高く評価して執筆を依頼したという。

「AV女優である紗倉さんに依頼したというより、作家・紗倉まなに依頼させていただいた、という感覚のほうが強いです。対談イベントで紗倉さんに出演をお願いすることがあり、その時点ではお名前しか存じ上げなかったんですが、お会いする前に『最低。』を読んでみたところ素晴らしい作品だったので、お仕事がしてみたいと思い、『群像』で小説の依頼をしました」

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