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日刊サイゾー トップ > その他 > サイゾーpremium  > 五箇公一「密猟される昆虫と外来種問題」
「今こそ“昆虫”を考える」

虫を飼うのは日本人だけ?──国立環境研究所・五箇公一が語る「密猟される昆虫と外来種問題」

見えないところで進行する野生世界の大異変

 また、現代の外来種問題としては、輸入や密猟とは別にアメリカ大陸原産の雑草が、平野部や都市環境など、砂漠質な人間社会で日本原産の雑草を駆逐する勢いで蔓延している問題が大きな注目を集めている。外来昆虫でそうした問題は起きていないのだろうか?

「クワガタ・カブトに関しては、今は日本の在来種にも厳しい環境で、生態学的には外来の巨大な種類が、そのまま日本の自然の森で激増することは考えにくい。日本の里山でクワガタが多かったのは常に木が生え変わり、幼虫の主食である朽木が豊富だったからです。森の更新に合わせて生きている昆虫なので、もともと高密度で自然の森で大量にいる生き物でもない。年中暖かい地域では日本よりは捕えやすいけど、クワガタ・カブトがレアなのは海外も一緒です。

 その一方で、日本の自然生態に入り込む外来種の昆虫は、日本の自然の森に近い生態系で生息するアジア大陸原産のものです。ほぼ同緯度の中国産の昆虫などですね。例えば日本のハラビロカマキリと近縁種である中国のムネアカハラビロカマキリの卵が、いつの間にか中国から輸入した竹箒や竹細工にくっついて入ってきていたらしく、気がついたら日本のハラビロカマキリが駆逐されて、すべてこれに置き換わりつつあるような勢いで増えています。日本のキムネクマバチとタイワンタケクマバチでも同じことが起きていますね」

 しかし、どちらも人間社会にとっては遠い野生の世界の話で、大した実害もないため、昆虫学者以外、あまり大きな関心を寄せていないという。

「外来種で大きな問題になるのはマングースやグリーンアノールなど沖縄や小笠原のように貴重な自然遺産に影響を与えるもの、もしくはヒアリなど人間社会にとって有害な害虫です。本当に自然の生態系に影響を及ぼすものは、かえって人間社会に大きなインパクトがなかったりもするから、見過ごされがちですね。我々も調査が追いついていなくて、知らないうちにかなり入れ替わってしまったようなケースもあるかもしれません。行政面からも調査・対策の比重が世の中の関心度合いに左右されているところがある」

多様性の喪失の影響力は未知数

 日本原産のハラビロカマキリが駆逐されると聞くと確かに一抹の寂しさも覚えるが、ムネアカハラビロカマキリが生態系で同じカマキリの役割を継承するなら、人間社会に緊急的な大問題を引き起こすとも思えない。

 今までのカマキリより胸の部分は少し赤いだろうが、考えてみればハラビロカマキリについてもよく知らない……。

「ただ、日本固有の遺伝子が喪失して遺伝子の多様性が劣化することが、将来的にどんな異変を引き起こすかは現時点ではなんとも言えません。言ってしまえば『だからどうなの?』という話ですが、そんなこと言って何もかも見過ごされ続ければ、バタフライ効果ではないですけど、見えない影響がどんどん累積していき、最終的に生態システムのエラーに結びつくかもしれない。脈々と進化してきた今の生態系の姿を、ほんの数年で人間の手によって改変してしまう影響は未知数で、だからこそ生物の輸送は徹底的に管理して、安易に行うべきことではないことは間違いないです」

 また、五箇氏は外来の昆虫そのものが日本の森林などで大量に増えることは難しくても、生息地の違う2種の交雑によって目に見えない遺伝子レベルで浸透し、多様性が喪失されるリスクについても指摘する。

「10年くらい前に、DNA分析によって東南アジア原産と日本原産のヒラタクワガタのハイブリッドと思われる個体を野外で発見したことがあります。同じヒラタクワガタでも東南アジアと日本では、進化年代で500万年という深い分岐があり、普通は交尾しても簡単に雑種ができるとは考えにくいのですが……。このクワガタに関しては生殖に関わる部分の形質進化があまり進んでおらず、交尾で生まれた雑種にも再生産能力があります。遺伝子が残るか否かは環境で決まるので、日本の環境での適応度が日本の純粋型の遺伝子より低ければ淘汰されて消えますが、適応度の高い雑種の遺伝子や淘汰に関係ない遺伝子の拡大は加速するでしょう。

 例えば日本の環境に適応した元気な生態系があった江戸時代であれば、ヒアリなどの外来種が持ち込まれても生態系に入り込む余地がなかったと思われます。原産地のブラジルのジャングルではヒアリも天敵や競争相手がいっぱいいて、コソコソ逃げ隠れしながら生きている連中ですよ。でも、世界レベルで同じように都市化などの開発が進行している中で、特定の種が新天地に入り込み爆発的に繁栄できる土壌がどんどん整えられてきています。気候の変化も含めて、環境の改変がそんな生き物の逆転劇を生むんです。

 そういう意味では、中国の奥地にいたとされているウイルスが、数カ月で南極大陸以外の全世界に広がった、新型コロナウイルスは象徴的ですよね。物流に支えられたグローバル経済があって、サプライチェーンであらゆる国同士がそれぞれ依存する状況で、コロナの問題はいつか起きて当然の話だったんです」

 原産の生態系でひっそりと生息していた種が人間の手によって引っ張り出され、サプライチェーンに依存した経済体制のもと、あっという間にグローバルな規模で広がる。クワガタをはじめとする昆虫ビジネスの問題は感染症とまったく同じメカニズムのようだ。

(文/伊藤綾)
「サイゾーpremium」より転載

最終更新:2020/12/19 10:00
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