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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム >  パンドラ映画館  > 河瀬直美監督映画『朝が来る』レビュー
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.606

現代日本の歪みを照らし出した社会派ミステリー 出産と子育てがもたらす不幸と幸せ『朝が来る』

妊娠・出産によって厳しい生活を強いられる女性たち

中学生のひかり(蒔田彩珠)は、他の妊婦たちと一緒に「ベビーバトン」で共同生活を送る。

 中学生のひかり(蒔田彩珠)は、ごく普通の女の子だった。卓球部に所属していたひかりは、バスケット部の巧(田中偉登)に告白され、交際をスタートする。初めての恋愛にドキドキしながら、巧に夢中になっていくひかり。青春映画の主人公のように、キラキラと輝く巧とひかりの姿が描かれる。

 受験シーズンを迎えるが、ひかりの体調が優れない。医者に診てもらうと、ひかりは妊娠していた。すでに堕ろすことができない段階だった。世間体を気にする母親の貴子(中島ひろ子)が手配し、ひかりは巧には会えないまま、広島にある施設へと向かわせられる。ひかりを迎えたのは、「ベビーバトン」を運営する浅見だった。明るく、かつ現実的な浅見は信頼できる大人だった。ひかりは出産までの日々を「ベビーバトン」の寮で過ごすことになる。

 ひかりと同じように、望まれぬ子どもをお腹に宿した若い女性たちが「ベビーバトン」の寮では暮らしていた。妊婦たちは大きくなったお腹を支えながら、共同生活を送っている。学校や家庭での居場所を失っていたひかりにとっては、安心して子どもを産むことができる聖域だった。だが、聖域での生活はいつまでもは続かない。出産を終えた者は、子どもを手放して、寮を去らなくてはいけない。ひかりにとってお腹にいる我が子と濃密に過ごすことができた、束の間のユートピアだった。

 ひかりが産んだ男の子は、佐都子と清和の夫婦に引き取られた。「特別養子縁組」は養育する側のみが親権を持つことになり、ひかりは我が子に会うことはもうできない。妊娠・出産はなかったこととして、ひかりは学生生活に戻るが、家族と周囲との間にどうしようもなく軋轢が生じる。久しぶりに巧に再会しても、ひかりは堕胎したものだと巧は思っていた。悩みを誰にも打ち明けることができないひかりは、実家を出て流浪の生活を送ることになる。「ベビーバトン」で出会った他の女性たちのように、女ひとりの力で生きていこうとする。だが、社会的弱者を食い物にする大人たちの前では、社会経験の乏しいひかりは無力に等しかった。

 本作を撮ったのは、ドキュメンタリータッチのスタイルが海外で高く評価されている河瀬直美監督。2020年に開催される予定だった東京五輪の公式映画監督に就任したことでも、話題を集めた。前回の1964年に開かれた東京五輪は、敗戦から復興した日本が高度経済成長を遂げたことを象徴したイベントだった。河瀬監督が撮るはずだった東京五輪2020は延期となったが、河瀬監督が撮った『朝が来る』は、高度経済成長を終えた日本社会の実情を表側と裏側から描いたとてもシンボリックな映画となっている。

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