小泉今日子初プロデュース映画『ソワレ』 息苦しさを増す現実世界からの逃避行
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プロデューサー・小泉今日子の本気度がうかがえる。きっかけは、外山文治監督の短編映画『此の岸のこと』(10)を観たことだった。わずか30分の静謐な作品だが、老老介護のシビアさとそれでも消えることのない夫婦間の愛情の深さがファンタジックに描かれていた。『此の岸のこと』に感銘を受けた小泉今日子は、俳優の豊原功補と共に新しい会社を立ち上げ、外山監督の新作長編映画をプロデュースする。それが村上虹郎と芋生悠が主演した『ソワレ』だ。アイドル、歌手、女優、文筆家、演劇プロデュース……と、多彩な才能を発揮してきた小泉今日子にとって、『ソワレ』は初めての映画プロデュース作品となった。
アソシエイトプロデューサーとして小泉今日子の名前がクレジットされた『ソワレ』は、テレンス・マリック監督のデビュー作『地獄の逃避行』(73)、長谷川和彦監督のデビュー作『青春の殺人者』(76)にとてもよく似ている。若い男女が息苦しい世界を飛び出し、自由を求めてさすらうというストーリーだ。たとえ、2人の逃避行が束の間の体験であっても、この世界にはまだ自由があることを知り、主人公たちのその後の生き方は大きく変わることになる。
演劇用語で夜の上演を意味する『ソワレ』の主人公は、売れない舞台役者の翔太(村上虹郎)。役者の仕事では食べていけず、オレオレ詐欺に加担してお金を稼いでいる。おそらく、何事も役者としての糧になると自分に言い聞かせているのだろう。そんな翔太は所属する劇団の劇団員たちと一緒に、生まれ故郷の和歌山へと向かうことになる。とある高齢者施設で「演劇ワークショップ」を開くためだった。翔太は老人たちを相手に、和歌山で言い伝えられる伝説「娘道成寺」の舞台の稽古を始める。ワークショップ中に、ひとりの老人が倒れ、そのまま息を引き取る。死はフィクション上のものではなく、実在するものだった。介護現場のリアルさが、強烈なインパクトを与える。
翔太の目に、施設でボロ雑巾のように働く同世代の女性・タカラ(芋生悠)の姿が留まる。タカラはまるで自分を罰するかのように、ボロボロになりながら働いていた。他の劇団員たちに促された翔太は、気分転換も兼ねて、タカラを地元のお祭りに誘う。タカラがひとり暮らししているアパートのドアを翔太が開けた瞬間、そこから物語は大きく転がり始める。
ドアを開けた翔太の目に飛び込んできたのは、刑務所から出所したばかりの実の父親(山本浩司)に暴行されている真っ最中のタカラだった。この光景を目撃した翔太は確信する。この女性は世界でいちばんサイテーな、どん底人生を歩んでいるのだと。気づいた時には、翔太はタカラの手を引いて、部屋から飛び出していた。後には血を流して倒れるタカラの父親が残されていた。現代版『地獄の逃避行』の幕開けだった。
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