小泉今日子初プロデュース映画『ソワレ』 息苦しさを増す現実世界からの逃避行
#映画 #パンドラ映画館 #小泉今日子
芝居を演じている間だけ、現実を忘れられる
外山監督は翔太とタカラの関係性を、とても繊細に描く。俳優として伸び盛り期にある村上虹郎とオーディションで抜擢された芋生悠も、外山監督の演出に全身で応える。お互いの感情をぶつけ合うことで、翔太とタカラは共に自分の殻を破ることに成功する。逃避行を始めて間もない夜、ふすまに映し出された翔太とタカラの影が、肉体を離れて踊り出すファンタジックなシーンが印象的に描かれていたが、クライマックスでは生身の2人が実際に芝居を上演することになる。2人っきりの舞台の上演演目は、稽古が中断されたままだった「娘道成寺」だ。誰も観客のいない、夜の公園で2人ぼっちの芝居が上演される。
芝居を観た人が感銘を受けるのは、役者の演技がうまいからではない。役者たちが奏でる物語が、観た人の心に寄り添い、穴だらけのすきまを埋めてくれるからだ。芝居を観ている間だけは、現実を忘れ、物語の世界に陶酔することができる。それは、演じる側も同じらしい。物語の中のキャラクターになりきっている間だけ、息苦しい現実を離れ、別の人生を生きることができる。どんな物語であれ、どんなキャラクターであれ、その人にとって掛け替えのない思い出となる。そして、大切な思い出はその人の心のいしずえとなる。 翔太とタカラにとって、この数日間の逃避行は、二度と再演不可能な貴重な舞台だったのだ。台本のない、ちょっと長めの即興劇は、夜明けと共に幕引きを迎える。
小泉今日子プロデューサーは、資金の調達だけでなく、ロケ先の和歌山ではキャストやスタッフを車で送迎するなどの雑用も、進んで対応したそうだ。女優や歌手といった華やかなステージとは違った、地味な裏方仕事も彼女には意外と心地よかったのではないだろうか。
どんなにささやかでも、自分で自分の居場所を見つけ、そして必要としてくれる誰かの求めに応じることができる。劇中で描かれる演劇ワークショップと同じように、小泉今日子もプロデューサーという役割に新鮮な喜びを感じたに違いない。映画『ソワレ』の中で若い村上虹郎と芋生悠がキラキラと生命力を輝かせるとき、映画プロデューサー・小泉今日子もこれまでとは違った新しい魅力を花開かせている。
『ソワレ』
プロデューサー/豊原功補 共同プロデューサー/前田和紀 アソシエイトプロデューサー/小泉今日子 監督・脚本/外山文治 出演/村上虹郎、芋生悠、岡部たかし、康すおん、塚原大助、花王おさむ、田川可奈美、江口のりこ、石橋けい、山本浩司 配給/東京テアトル PG12 8月28日(金)よりテアトル新宿、テアトル梅田、シネ・リーブル神戸ほか全国公開
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