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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.597

京都の山で野生動物を狩る男のドキュメンタリー 銃は使わない、わな猟生活『僕は猟師になった』

猟師の高齢化が進み、増加する獣害問題

わなに掛かったイノシシと対峙する千松さん。獲物は命がけで逆らうため、わな猟は常に危険が伴う。

 千松さんは、何も原始的な生活を送っているわけではない。千松さん一家が暮らしている場所は、京都の街と山との境界線上。バス停やコンビニは歩いていける距離にある。千松さんは週の半分は運送会社に勤め、最低限の現金収入を得ている。その上で、食材は山で狩り、庭で育てた野菜、鶏が生んだ卵などを使い、自然の恵みを一家で丸ごと満喫している。イノシシの骨をじっくり煮込んだ猪骨スープで作ったラーメンを、育ち盛りの子どもたちは美味しそうにすする。即席麺以外はすべて自分たちで調達したものばかり。世界で唯一のジビエラーメンだ。値段はつけようがない。

 猟師の高齢化が進み、またオオカミなどの天敵が姿を消したこともあり、全国的にシカやイノシシが増えすぎ、畑が荒らされるようになった。NHK制作のドキュメンタリー作品らしく、そんな社会状況も伝えている。京都では特にシカによる獣害がひどく、シカを仕留めた猟師には報奨金が支払われる制度や害獣の死体をいっきに焼却処分できる公共の施設も建てられている。焼却を終えたシカたちの骨は、産業廃棄物として処分されるそうだ。自分たち家族が食べる分だけの獲物を狩る千松さんの暮らしとは、対照的に描かれている。

 銃を持つことなく、野生動物たちと知恵比べしながら山をめぐる千松さんの毎日は、当然ながら危険も伴う。子どもたちは、猟には決して連れていかない。そんなある夜、事件は起きた。わなに掛かったシカを家へ持ち帰ろうとしていた千松さんは、斜面で足を滑らせ、重症を負ってしまう。

 奥さんの運転する車で連れていかれた病院では、入院しての手術を勧められる。足首に歪みが生じており、そのままでは障害が残ると告げられる。だが、千松さんはこれを断った。歩行に難が生じるかもしれないが、そのときはそれなりの狩猟方法を考えるという。森で暮らす野生動物たちと日々命のやりとりをしている千松さんには、全身麻酔された上で手術を受けるという最新医療の恩恵を受けることには抵抗があるらしい。普段はカメラに向かって温厚に語る千松さんだが、自然と共に生きる猟師としてのこだわりを感じさせる。

 足の怪我のため、その年の残された狩猟期間は短かった。猟に戻った千松さんは、以前よりもさらに慎重に獣たちと向き合うようになる。わなに掛かった若いイノシシを仕留めることに成功するが、解体していた千松さんの声が一瞬詰まる。お腹を裂かれたイノシシから出てきた子宮には、小さな小さなイノシシの胎児の姿があった。春が近い狩猟期間の後半は、メスイノシシが身篭っていることが多いという。「この時期は、あまり獲りたくない」という千松さん。胎児は土に埋めて供養するそうだ。

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