『麒麟がくる』カラフル衣装の謎──大河ドラマ必勝セオリーは『篤姫』にあり?
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大河ドラマ『麒麟がくる』(NHK)の放送が、新型コロナウイルスの影響で中断を余儀なくされている。放送再開が待ち遠しいが、この空白の時期を使って大河ドラマについてより理解を深めてみるというのはいかがだろうか? 今回は、歴史エッセイストの堀江宏樹氏が「衣装問題」について解説する──。前回はコチラ
『麒麟がくる』の総集編が、ようやくはじまりましたね!
総集編第一弾「旅立ち」は、美濃に生まれた武士の青年・明智光秀(長谷川博己さん)が、おのれの天命に気づくまでが描かれました。明智青年が「この嘆かわしい戦乱の世を終わらせたい」、つまり「平和のシンボル・麒麟を呼びたい」という野望を抱く、“立志編”ですね。
しかし、「旅立ち」の回を見て筆者がまずお話すべきキーワードは、映像の「カラフルさ」ではないかと思います。このカラフルさ、何度見ても筆者には違和感がありました。
特に美濃の明智荘に野盗が侵入してくるシーンなのですが、収穫直後の時期、農作業の途中のはずなのに、あまりにキレイでカラフルすぎる農民の衣装には、首をひねらずにはいられないものがありました。
もちろん、あのカラフルさは歴史的真実というより、いわゆる「演出」、衣装を担当している黒澤和子さんによる「人物デザイン」でしょうかね。
あの衣装は『麒麟~』の撮影用に、絹地を現在の化学染料で染めたものだそうです。また、実際に戦国時代の農民たちの衣服はわれわれが考える以上に、カラフルだったという説を、『麒麟~』は採用しているようですが、たしかに戦国時代にはカラフルな衣服を農民が着ることを禁止する法は存在していません。
そういうのがうるさくなってきたのは、江戸時代になってから。贅沢禁止令=奢侈禁止令(しゃしきんしれい)を江戸幕府が寛永5年(1628年)に出してからで、この時、農民は木綿を中心とした素材の衣服しか着てはならないということがルールになりました。
大河ドラマをはじめとする時代劇の農民たちが、時代を問わず、地味な色味の衣服を着ていることが多いのは、この江戸時代の農民のイメージ……それこそ徳川家康の重臣の言葉とされる「生きぬよう死なぬよう」飼い殺しにされている農民のイメージが強いのであろうと思われます。
農民をはじめとする庶民は自分の衣服は自分で調達するので、何を着たらダメとかいう問題以前に金とヒマがなければ、布をキレイな色に染める発想自体がなくなりますからね。
ちなみに江戸時代に統制が始まるまで、農民がカラフルな衣服を着てはダメ、という風潮があったかというと、そうでもなさそうです。むしろ逆の意見の為政者もいました。
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