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ALS患者嘱託殺人事件で問われる「安楽死」と「尊厳死」の区別は? ガイドラインや過去の判例を見比べて考察

ALS患者嘱託殺人事件で問われる「安楽死」と「尊厳死」の区別は? ガイドラインや過去の判例を見比べて考察の画像1
(写真/『getty images』より)

 京都府警は7月23日、難病を抱える女性患者の依頼により薬物を投与して殺害したとして、医師2人を嘱託殺人の疑いで逮捕したと発表した。これまでにも、何度か社会問題となった終末期を迎えた患者の「安楽死」「尊厳死」が、再び、クローズアップされることになりそうだ。

 事件は、京都府在住で全身の筋肉が衰える難病「筋萎縮性側索硬化症」(ALS)を患う女性を医師2人が薬物を投与して殺害したもの。23日午後8時時点で府警は2人の認否を明らかにしていない。しかし、女性患者と医師の間で150万円の金銭授受があったとしていることから、嘱託殺人の可能性が高い。

 終末期を迎え、回復の望みがなく、苦痛を伴う病状を抱えている場合などでは、患者本人や親族が“死”を望むことがある。これらは「安楽死」や「尊厳死」と呼ばれ、これまでにも何度か事件となった。

 当然のことながら、こうした安楽死や尊厳死の対象となるのは、終末期を迎えた患者だ。では、終末期とはどのような状態なのか。全日本病院協会の「終末期医療に関するガイドライン」では、以下の3つの条件を満たす場合と規定している。

①複数の医師が客観的な情報を基に治療により病気の回復が期待できないと判断する。
②患者が意識や判断力を失った場合を除き、患者・家族・医師・看護師等の関係者が納得する。
③患者・家族・医師・看護師等の関係者が死を予測し対応を考えること。

 こうした終末期を迎えた患者に対して、安楽死や尊厳死が行われることになるわけだが、日本学術会議では、安楽死と尊厳死を以下のように区別している。

○安楽死=耐え難い苦痛に襲われている死期の迫った人に致死的な薬剤を投与して死なせるもの。
○尊厳死=過剰な医療を避け尊厳を持って自然な死を迎えさせることを出発点として論じられている概念。

 つまり、簡単に言えば尊厳死は例えば延命治療などを中止するケースであり、安楽死は薬物等により死に至らしめるものということになる。

 ただ、安楽死は①積極的安楽死、②医師による自殺幇助、③間接的安楽死、④消極的安楽死の4つに臨床的分類がされている。その内容は以下の通りだ。

・積極的安楽死=致死薬物等で死なせること。
・医師による自殺幇助=医師が自死用の薬物や方策を提供し、患者自身が命を絶つもの。
・間接的安楽死=緩和ケア用薬物等の使用が意図せず結果的に生命を短縮する行為。
・消極的安楽死=延命治療の不開始または中止。

 つまり、「積極的安楽死」と「医師による自殺幇助」が刑法上の問題となり、「間接的安楽死」と「消極的安楽死」は尊厳死と同義語と考えられている。

 従って、日本では「消極的安楽死」の場合、①患者本人の明確な意思表示がある、②患者本人が事前意思表示なしに意思表示不可能な場合は、患者の親・子・配偶者などの最も親等が近い家族の明確な意思表示がある―ケースでは、他人(一般的には医師)が治療を中止しても、殺人罪、殺人幇助罪・承諾殺人罪にはならない。

 だが、患者本人の明確な意思表示に基づかず、患者本人が事前意思表示なしに意思表示不可能な場合は、患者の親・子・配偶者などの最も親等が近い家族の明確な意思表示にも基づかず、他人(一般的には医師)が治療の中止をした場合は殺人罪が成立する。また、患者本人の明確な意思表示に基づかずに、または、家族の明確な意思表示に基づかずに治療を開始しなかった場合も、殺人罪または保護責任者遺棄致死罪が成立する。

 一方で、「積極的安楽死」と「医師による自殺幇助」は度々、社会問題となり議論を引き起こすが、現状では殺人罪または自殺関与および同意殺人罪(自殺教唆・幇助、嘱託・承諾殺人)が成立する。

 しかし、過去の安楽死事件における判例では、名古屋安楽死事件で名古屋高等裁判所は、
・回復の見込みがない病気の終末期で死期の直前である。
・患者の心身に著しい苦痛・耐えがたい苦痛がある。
・患者の心身の苦痛からの解放が目的である。
・患者の意識が明瞭・意思表示能力があり、自発的意思で安楽死を要求している。
・医師が行う倫理的にも妥当な方法である。
という6条件を満たす場合としている。
 
また、東海大学病院安楽死事件で横浜地方裁判所は、
・患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいる。
・患者の病気は回復の見込みがなく、死期の直前である。
・患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために可能なあらゆる方法で取り組み、その他の代替手段がない。
・患者が自発的意思表示により、寿命の短縮、今すぐの死を要求している。
という4条件を満たす場合には、違法性阻却事由(通常は法律上違法とされる行為について、その違法性を否定する事由)が成立するとしている。

 この2つの判例から見て取れるのは、患者が心身に耐え難い苦痛があるからこそ、安楽死を望んでいるのであり、その患者が自発的な意思により安楽死を望んでいるとすれば、問題になるのは「死期の直前」という条件だ。

 もとより、「死期」を正確に予測するのは難しく、なおかつ、「直前」とはどの程度の時間を指すのかについては示すのは難しいだろう。安易な言い方をすれば、日本で認められている安楽死は、すでに死ぬ間際である患者の死を若干早める程度のものと言えるのかもしれない。

 だが、世界では「安楽死」を認めている国は多々ある。例えば米国では州によっては成人の末期患者が自殺目的で致死薬の処方等を医師から得ることや、医師幇助自殺などが認められている。カナダでは医師等の幇助による自殺が合法化されており、スイスは利己的な動機がなければ医師でなくとも自殺幇助が可能で、自殺幇助の組織的活動が行われている。ドイツも自殺に関与しても刑法上で罰せられることはない。

 特に「安楽死」に対して先進的なのはオランダで、世界で初めて「安楽死法」を成立させた。同法では、要件を遵守した医師が安楽死を実施しても犯罪とはならない。その要件とは、
①医師が患者による要請が自発的で熟考されたものであることを確信していること。
②医師が患者の苦痛が永続的なものであり、かつ耐え難いものであることを確信していること。
③医師が患者の病状及び予後について患者に情報提供をしていること。
④医師および患者が患者の病状の合理的な解決策が他にないことを確信していること。
⑤医師がその患者を診断しかつ①から④までに規定された要件について書面による意見を述べたことのある、少なくとも別の一人の独立した医師と相談していること。
⑥医師が、相当の注意を尽くして生命終結を行うか又は自殺幇助をしたこと。
となっている。ここで注目なのは、「死期の直前」は要件ではないという点だ。日本のように「終末期で死期の直前」でなくても、安楽死を選択できるのだ。

 その上、12歳以上であれば親権者または後見人が同意すれば、「安楽死」は認められる。オランダでは2017 年度に総死亡者数15万27人のうち、6585人(4.4%)が安楽死をしている。その内訳は安楽死6306人、介助自殺250人、両方29人となっている。
 
 日本では2019年に年間137万6000人が死亡しており、“多死社会”に突入している。高齢化が進む中で、耐え難い心身の苦痛から解放されたいという思いから、“安楽死”を望む人も増加しているという。

 しかし、日本では残念ながら生命倫理に関連する法律は、「母体保護法」、「臓器の移植に関する法律」、「ヒトに関するクローン技術等の規制に関する法律」程度しかない。高齢化社会・多死社会を迎えている現在、「安楽死」について国民的な議論を進めることが必要だろう。

鷲尾香一(経済ジャーナリスト)

経済ジャーナリスト。元ロイター通信の編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで様々な分野で取材・執筆活動を行っている。「Forsight」「現代ビジネス」「J-CAST」「週刊金曜日」「楽待不動産投資新聞」ほかで執筆中。著書に「企業買収―会社はこうして乗っ取られる 」(新潮OH!文庫)。

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最終更新:2020/07/27 22:30
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