『クレイジー・リッチ!』で金持ちのドラ息子を好演 アジア移民あるあるで差別をこきおろす、ジミー・O・ヤンの挑戦
#スタンダップコメディ #Saku Yanagawa
スタンダップコメディ好き必読、日本初のスタンダップコメディ解説、しかもアメリカで活躍する現役のスタンダップコメディアンが考察する本連載。第6回の今回は人気急上昇ジミー・O・ヤンの『人生はお買い得』(Amazon Prime、2020年)を紹介したい。
香港出身のジミー・O・ヤンは13歳の頃一家でアメリカに渡ったスタンダップコメディアンで、これまで俳優としても活動し、近年では世界中でスマッシュヒットを記録した映画『クレイジー・リッチ!』での破天荒なキャラクターや、ドラマ『シリコン・バレー』のミステリアスな中国人チアン・ヤン役で知られている。
自身の外見を「アニメオタクを演じさせたら右に出る者はいない」と評する彼は、移民として渡ってきた頃、Jay Zのヒップホップを聴いて英語、そしてアメリカ文化を学んだという。家族の都合でいきなり異国の地に住まわされ、右も左もわからない環境の中で苦労した実体験に基づくジョークはリアリティがあり、それでいて面白い。
「体育の時間にブリーフを履いていた俺をいじめっ子が『お前はゲイだ』ってからかうんだ。『どうしたらゲイじゃなくなるんだ』って聞き返したら『ズボンを脱いで男らしさを表せ』だって。それこそ“ゲイ”じゃないのか? でもまた別の友達曰く『ジミー、ちょっとだけズボンを下ろして腰パンにすればこの国では“クール”とみなされるぞ』って」
ジミーのようにふたつの文化的バックグラウンドを持つ人をBicultural Personと呼ぶ。アメリカという国はその成り立ちを見ても移民が集まり建国された歴史から、スタンダップコメディ界にもさまざまなエスニシティを持った“バイカルチュラル”な才能が多く現れた。
そして彼らは、親世代(価値観が形成されてから移民としてアメリカに渡った世代)と自身とのギャップや「移民あるある」ネタを披露し、自身のアイデンティティを笑いに変えてきた。
ジミーも、両親の「教育熱心な姿」や「”アメリカ人”とは異なる愛情表現」などをネタにする。いわゆる「教育熱心な親」という像はこれまで繰り返し笑いの種にされてきた最も“ベタ”なアジア人イメージでもある。会場の大半を占めるアジア人、そして極めてダイバーシティに富んだオーディエンスも「待ってました」と言わんばかりに大爆笑で答えた。ジミーは続ける。
「ステレオタイプに縛られるのはアホらしいけど、“アジア人”のオリエントなステレオタイプだって無知なやつらに信じ込ませとけばいいんだ!逆にそれを利用しようぜ」
アメリカでは「アジア人」が十把一絡げにされ、その広い枠組みの中で理解されてきた歴史がある。冷戦期には「モデル・マイノリティ」と称され声を上げない善良な市民とみなされたし、ベトナム戦争期には“グーク”(元々は韓国系を侮辱する言葉)と一括りにされ差別の対象にもなった。一連のコロナ禍でも「アジア系」というだけで差別の対象となり暴力や謂れのない罵詈雑言を浴びせられた事例もある。そして、その度に権利獲得のために立ち上がり戦ってきた人々も確かにいる。
ジミー自身は3年前にアメリカ市民権を獲得した「アメリカ人」だ。
しかし国籍がいくらアメリカ人になっても人々の反応や状況は「何も変わらない」とジョークにする。これはアメリカという国への皮肉も含まれるが、ジミー自身についても言及しているように感じた。
つまり、「国籍」よりも、そしてアジア人という「属性」よりも自分自身という「アイデンティティ」のほうがよっぽど意味のあるものだという彼なりの信念ではないか。それは「アメリカ人」になろうが、アジア系としてどんなステレオタイプをまとっていようがジミー・O・ヤンというひとりの人間・コメディアンとして見てくれ、という叫びにも聞こえた。
異国の地で自身のアイデンティティを見つめてきたであろうジミーの視点を通じて、改めて私たちは「アメリカ人」とは何かということを考える契機にもなるかもしれない。
移民が集まり出来上がった国家。それだけに衝突も摩擦も繰り返してきた。そして今、分断がここまで可視化されてしまった2020年のアメリカにおいてジミー・O・ヤンの言う「何も変わらない」自分自身のアイデンティティと、その尊重こそ対話への鍵となり得るのではないか。
ジミー・O・ヤン
香港出身でアメリカで活躍するスタンダップコメディアン、俳優。映画『クレイジー・リッチ』やドラマ『シリコンバレー』などにも出演し今後の活躍から目が離せない。
『人生はお買い得』
ジミー・O・ヤンの初の60分スタンダップコメディ・スペシャル作品。アジア系としてアメリカで暮らす彼の苦悩や、両親との文化的なギャップなどをジョークにする傑作。
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