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日刊サイゾー トップ > インタビュー  > 技能実習生の本当に迫ったルポ

日本で稼いだらベトナムで山を買う! 失踪者だけじゃない技能実習生の“本当”に迫ったルポ

写真/Getty Images

 外国人技能実習生制度について日本のマスメディア上では悪い話ばかりが流通している。「現代の奴隷労働」だとか「人権無視の雇用主が横行して失踪者が多発している」といったイメージを持つ人が少なくないだろう。ところが、送り出し元として最大勢力であるベトナムの技能実習生や、実習生候補者を募集する現地の「送り出し機関」、その機関と実習生の受け入れ企業をつなぐ日本の「監理団体」などに取材した『ルポ 技能実習生』(ちくま新書)の著者であるジャーナリストの澤田晃宏氏は、「アジアの若者が一攫千金を夢見る制度」だと語る。

 なぜなら、ベトナムの田舎に出ている技能実習生の募集広告を日本人の感覚に換算(ベトナムの物価を日本の物価レベルに換算)すると、「参加費に500万円かかるけれども、3年働けば500万円を返済した上で、さらに1500万~2500万円持って帰れます」というもので、結構な確率でそれは実現している。よく報道される失踪者は、実は統計上3~4%程度で、劣悪な職場環境から逃げ出す失踪者もいるが、「残業がない会社に当たってしまって、もっと稼ぎたいから」といった実習生側の事情の失踪も数多く含まれている(仕事さえ見つかれば失踪したほうが稼げるケースが多い)。

 ベトナムの片田舎で育った高卒でも成り上がれる仕組みとしての技能実習生制度の実態と、コロナ禍によってそれがどう変化したか/するかについて、澤田氏に訊いた。

澤田晃宏著『ルポ 技能実習生』(ちくま新書)

1割はババを引き、9割は成功に懸ける

――澤田さんの著書を読んで、日本では技能実習生について悪い話ばかり報道されていますが、実態と乖離していることに驚きました。そもそも、なぜこのテーマで執筆しようと思ったのでしょうか?

澤田 2018年に入管法改正の話が始まったときに、野党が合同で技能実習生に対するヒアリングを国会内で実施したのですが、「時給400円で働かされている」などといった極端なケースばかりで、「うさん臭いな」と思ったんです。私は30代半ばでフィリピンに1年だけ住んだことがあるんですけど、マニラの大卒ホワイトカラーでも月収3~5万円。それでもみんなスマホを持っている。だから、「騙された」とかいわれるけど、「そんなわけないやろ、極端な話ばかりじゃないの?」と。そんなに技能実習生がヒドいなら、今の時代、すぐに情報が出回って誰も来なくなるはずでしょう? 「だったら、なんで技能実習生はたった5年で約42万人と、2倍以上に膨れ上がっているのか?」と思ったわけです。

 それで、きちんとしたことを知りたいと思って、2018年10月にヤフーニュースの取材でハノイまで行き、「やっぱり全然違う話だ」とわかった。

 この本を書いた最大の動機は、「低賃金で働かされてかわいそう」とか「糾弾したい」とか、そういう話じゃないんです。記者の性分として、きちんとした記録を残したかった。我々のような記者は、あるテーマを取材するときには国会図書館まで行って、「どんな報道がされたか」「どんな論考が出たか」を徹底的に調べます。20年後とか50年後に、例えば「日本における外国人労働者の増加」について誰か調べた人間が「なんでこの時期にベトナム人が増えたのか?」と疑問を抱いたとしても、記録がなければ伝わらない。そのバトンリレーをしなければと思いました。

――日本では先入観のせいか悪い話ばかり流通し、ベトナムでは成功談ばかり流通している、というのも興味深い話でした。

澤田 ベトナムは一党独裁の国なので、政府や現地の新聞が言うことを国民が鵜呑みにしません。ネットニュースを開けば、「技能実習生 地獄」みたいな見出しの付いた記事はあります。でも、みんな自分に近い人間の話しか信じない。「近所の誰々が日本に3年の技能実習に行ってきて家を建てた」「山を買った」というインパクトのほうが強い。しかも、大半は技能実習制度でうまくやって帰ってくる。失敗した人間のほうがマイノリティな上に、プライドがあるから失敗談は広がらない。

 ただ、正確に言うと、田舎の青年でもスマホでフェイスブックを見ていますから、日本に来ている技能実習生の書き込みだって読んでいて、ヒドいところで働かされている人間がいることは行く前からみんな知っています。でも、「100人いたら、そのうち1割くらいはババを引く」と言われたって、「自分がそうなる」とは思わないでしょう? うまくいったら持って帰れる対価が大きいわけですから、「9割は成功する」ほうに懸けるんですよ。

給料がずっと安い日本に、いつまで来てくれるのか

――もし、ベトナムがこの後も毎年6~7%の経済成長を続けるとしたら、10年前後でGDPは2倍になり、20年しないうちに3倍になります。著書の中に、「ベトナム人の平均月収が今の倍の5万~6万円になったら実習生は減るだろう」という送り出し機関の方の話がありました。ということは、ベトナムから成り上がり目的の来日は、あと10年くらいしかもたないのでは?

澤田 そういう認識は送り出し機関の人間にはもちろんあります。所得の問題に加えて、今はベトナムにしろミャンマーにしろ人口ボーナス期だから外国にバンバン送り出せますが、ベトナムはあと10年くらいで高齢化フェーズに入って国内の人手確保が必要になってくるので、なかなか人を出さなくなるでしょうね。それに、中国の人手不足が深刻化して、あの国が本気で外国人労働者を取り始めたら、日本には来なくなります。日本みたいに給料がずっと安い国には、いつまで来てくれないですよ。

 こういう危機感は受け入れる日本企業側のほうがないですね。縫製業界などには、「AIが人間に取って代わるまであと数年だから、実習生が来なくなっても大丈夫だ」と見込んでいる人もいます。ただ、介護のようにテクノロジーで解決できないし、本当に労働力が必要になる現場もありますからね。

実習生はコロナ封じ込め優等国・台湾を目指す?

――コロナ禍が深刻化して以降、実習生自身や監理団体、受け入れ企業などからどんな声が入ってきていますか?

澤田 民間企業である送り出し機関は実習生の送り出しができなくなったので、2月から実習生が払う紹介手数料などの入金が止まり、かなり整理解雇があったという話も聞いています。もちろん、日本の監理団体側だって実習生が入ってこないから大変ですし、受け入れ企業がコロナを利用した実習生の解雇事例も山のようにあります。先日、取材した失踪者のケースだと、「失踪したほうが儲かるだろう」と思って建設会社から脱走し、パチンコの作動検査工場で働いていたんだけれども、コロナでパチンコ産業も止まって仕事がなくなって1日1食しか食べられない。入国管理局に出頭して早く帰ろうと思っている、と。

 実はコロナ前の状況だと、日本企業が「ベトナム人実習生、そろそろやめようか」というタイミングでもありました。というのも、実習生が中国からベトナム中心にシフトし始めてから7年くらい経つので、ベトナム人の間でいろんな情報が蓄積されて出回っているわけです。「水産加工は楽だし、残業も多い」とかね。だから、キツくて残業がない建設、縫製なんかは人気がなくなって、面接しても優秀な候補者はあまり受けにこない。それで、去年の秋頃からミャンマーやカンボジア実習生へのシフトが起こっていたんです。

 ところが、ミャンマーやカンボジアはベトナムのようにコロナの圧倒的な封じ込めに成功したわけではなかった(注:5月後半の取材時点の情報。その後、ミャンマー、カンボジアも連日感染者数ゼロが続いている)。そのため、「やはりベトナム人か?」という話になっていましたね。

 ただ、日本も感染者数ゼロにまでは持っていけていないので、これまで通りの規模で受け入れるまでには時間がかかりそうです。となると、多くの実習生にとっては、「何カ月、何年待ってでも高い賃金を得る」ことより「すぐ稼げる」ことが重要ですから、同じくコロナ封じ込め優等国である台湾を目指す方向に一定数シフトするんじゃないでしょうか。

――コロナ禍による倒産・解雇で失業する日本人自体が増えますよね。その影響はありそうですか?

澤田 いや、それで日本人がベルトコンベアを使った流れ作業で延々とお弁当に卵を置いたり魚を切ったりするだけの仕事に就くとか、縫製工場で働くかというと、難しいと思いますね。技能実習生ではなく、ベトナムをはじめとした外国人留学生が担っているいわゆる「コンビニ外国人」は単純労働の中では大リーガーのような存在であって、ほとんどの実習生がやっているのは驚くほど単調で、人との会話がまったくないような仕事もあります。そういう仕事をいくら「働く先がない」からといって日本人がやるか、やれるかというと……私は企業側の実習生に対するニーズがなくなることはないと思います。コロナがもう少し落ち着いたら、またたくさん来るようになりますよ。

――なるほど。本書の後半では19年4月に新設された外国人就労の在留資格「特定技能」とその課題についても書かれていますが、次の執筆のテーマは?

澤田 今回のあとがきでも書いた通り、次作は『ルポ 特定技能』にしようとしています。より内側、それも地方から見てみたいという思いから、フィリピン人特定技能外国人を支援するNPOに理事として参加し、兵庫県の淡路島で農業分野の特定技能外国人の支援をする予定で、自らも農業を始めました。

 うちの嫁さんはフィリピン人なんですが、その畑もフィリピン人の若い子たちとやります。技能実習生のベトナム人もそうですけど、みんな明るいんですよ。日本の若い人のはっきりしない感じと比べると、接していて面白い。「母ちゃんに家を買ってあげたい」と夢を語る姿は、キラキラしてるんです。そういうこともあって、『ルポ 技能実習生』でしたような外国人取材をやめることは今後もないでしょうね。

澤田晃宏(さわだ・あきひろ)

1981年、兵庫県神戸市生まれ。ジャーナリスト。NPO法人日比交流支援機構理事。高校中退後、建設現場作業員、男性向けアダルト誌編集者、「週刊SPA!」(扶桑社)編集者、「AERA」(朝日新聞出版)記者などを経てフリー。進路多様校向け進路情報誌「高卒進路」(ハリアー研究所)編集長。外国人労働者を中心に取材、執筆活動を続ける。「月刊高校教育」(学事出版)で「ルポ外国につながる子どもたち」を連載中。

マーケティング的視点と批評的観点からウェブカルチャーや出版産業、子どもの本について取材&調査して解説・分析。単著『マンガ雑誌は死んだ。で、どうなるの?』(星海社新書)、『ウェブ小説の衝撃』(筑摩書房)など。「Yahoo!個人」「リアルサウンドブック」「現代ビジネス」「新文化」などに寄稿。単行本の聞き書き構成やコンサル業も。

いいだいちし

最終更新:2020/06/08 18:00
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