1億6707万円の“世界一高い薬” ゾルゲンスマ、保険適応で懸念される公的医療保険の崩壊
#医療 #新型コロナウイルス #保険精度
“公的医療保険は大丈夫なのか”
高額の治療薬が次々と保険適用になる中、健康保険(社会保険)や国民健康保険など公的医療保険の財政に対する影響を懸念し、存続を危ぶむ声が出始めている。
5月20日、厚生労働省は乳幼児向け難病治療薬「ゾルゲンスマ」を公的医療保険の適用薬とする。ゾルゲンスマはスイスの製薬大手ノバルティス社が開発した脊髄性筋萎縮症(SMA)の遺伝子治療薬で、体内に遺伝子を入れて病気を治す遺伝子治療薬だ。2歳未満の子どもを対象とし、1回の投与への薬価が国内最高額の1億6707万円という高額になる。
ゾルゲンスマがこれだけ高額となったのは、遺伝子治療薬の製造コストが多額になることに加え、類似する既存薬との比較による。比較対象になった既存薬「スピンラザ」の薬価は1回の投与が949万円で繰り返し投与が必要となるが、ゾルゲンスマは1回の投与で済む。
新薬の薬価を算定する際には、類似薬がある場合には1日あたりの薬価を基準にするが、ゾルゲンスマは1回の投与のため既存薬の11倍の薬価が基準となり、さらに有効性が評価され60%増の加算となった。
それまでの薬価の国内最高額はゾルゲンスマと同じくノバルティス社が開発した急性リンパ性白血病治療薬の「キムリア」の3349万3407円で、2019年5月に保険適用が開始された。通常、医薬品の有効成分は特定の化学物質で作られているが、キムリアの有効成分は化学物質ではなく、生きた細胞だ。キムリアも1回の投与で済む。
キムリアの登場までもっとも薬価が高かったのは、小野薬品工業が開発したガンの免疫療法薬「オプジーボ」で約73万円だった。ただし、オプジーボは複数回の投与が必要で、年間3000万円以上の薬価となった。
こうした画期的な治療薬の登場は患者にとって朗報だが、国民の健康を底辺で支えている公的医療保険制度には大きな財政負担がかかる。保険診療では医療費の自己負担額は1~3割負担で、ほとんどが3割負担となっている。つまり、高額な治療薬を使った場合、自己負担は3割で残りの7割は公的医療保険から支払われることになる。
ゾルゲンスマの場合には約5012万円が自己負担額で、公的医療保険からの支払が約1億1694万円となる。ただし、公的医療保険には「高額療養費制度」などがあり、さらに自己負担額が軽減され、公的医療保険の負担額が増加する。
高額療養費制度はひと月の医療費が自己負担の上限額を超えた場合には、その費用は税や保険料により健康保険が負担するもので、上限額は被保険者の所得に応じて決まる。このため、例えばキムリアの場合には自己負担額は約60万円、複数回の投与が必要で年間の薬価が3000万円を超えるオプジーボでも、月額の自己負担は約8万円にとどまる。
健康保険組合連合会によると、大企業の健康保険組合の2019年度の給付費は約4兆2000億円の見込み。1組合あたりの給付費は単純平均で年30億円、1カ月あたりで2.5億円となり、月に組合員の2人がゾルゲンスマで治療を行えば、1カ月分の給付費が“吹き飛んで”しまう。
これだけ見ると、高額な治療薬を使った治療が積極的に行われれば、今にも健康保険組合が潰れそうに思えるが、厚生労働省のゾルゲンスマの想定患者数は年25人で薬価総額では約42億円、キムリアでは年216人、約72億円とすぐにでも健康保険組合の財政を脅かし運営に影響が出るような状況ではない。
その上、例えばオプジーボが保険適用に承認された2014年7月当時、日本人男性の平均体重66キロの人が投与した場合、 100ミリグラムあたり約73万円だった薬価は皮膚ガンから適用が腎細胞ガン、頭頸部ガン、胃ガンなどに広がったこともあり、2017年2月の薬価改定で同約36万5000円に、2018年4月の改定で同約28万円にと引き下げられ、同年11月の改定で年間の薬価が約1090万円(1回198ミリグラムを年間26回投与した場合)に引き下げられたように、他の高額治療薬も適用範囲の拡大や患者数の増加により、薬価が引き下げられる可能性がある。
それでも高額治療薬が公的医療制度の財政に大きな負担となることに間違いはない。キムリアが保険適用になった時、麻生太郎財務相は記者会見で、「高額の医療をやって存命期間が何年ですっていうとだいたい数カ月、そのためにその数千万の金が必要なんですかってよく言われる話ですけど」と述べ、高額の治療薬に保険医療制度を適用することに疑問を呈したことで、“物議を醸し出した”ことがある。
健保連と全国健康保険協会はゾルゲンスマの保険適用にあたって、「相対的に必要度が低下した市販類似薬について保険給付から外したり、自己負担の割合を変更したりする検討に早急に着手すべきだ」とコメントをしている。
そこで、公的医療制度の財政へ高額治療薬が与える影響を軽減する方法のひとつとして、日本ではこれまで俎上に載ったこともないのだが、「成功報酬制度」の導入を検討してはいかがだろうか。
公的医療保険制度が充実し、国民皆保険が整備されている日本と違い、欧米では新薬の価格設定に「成功報酬制度」を実施する国が増えている。この制度は、新薬が効果を示した場合にだけ、製薬会社が薬代を請求するという制度だ。
キムリアも米国ではこの制度が使われている。日本の製薬会社が欧州で新薬を発売するにあたって、この制度を使っているケースもある。日本では厚労省の指導の下、全国一律に薬価が決められているが、成功報酬制度の導入は高額治療薬の薬価を引き下げる可能性がある。
成功報酬型で薬価を決めれば、新薬をこれまでよりも早く市場に投入することが可能になる。もちろん、副作用などの安全性を確保することが大前提だが、新薬の効果を見極めてから価格を決めることができるようになるだろう。
今後も次々を画期的な新薬は誕生してくるし、高額治療薬もますます増えてくるだろう。こうした状況の中で、成功報酬型などの様々な工夫によって薬価を抑え、公的医療制度が崩壊することなく、国民のために機能していく方法を実行していかなければならない。
ただ、大手の総合病院の内科医が言った、「キムリアの自己負担は60万円、オプジーボの自己負担は月額8万円といっても、個人にはかなりの負担だ。結局、治療が受けられるのはある程度の収入がある患者であり、保険適用薬と言っても誰でもが治療を受けられるものではない。そこには、“貧富の差”がある」という台詞が心に残った。
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