チャンス・ザ・ラッパーがドンずべりした!?――デフ・ジャムが仕掛けた伝説の番組! スタンダップコメディ作品のトリセツ
#Netflix #スタンダップコメディ
――Netflixのレコメンドで、スタンダップコメディ作品が流れてきた経験はないだろうか? アメリカやイギリスでは特にエンタメ界の最重要ポストに置かれ、グラミー賞などのアワードの司会を務めることもあるという。人種差別やジェンダー、政治思想信条などありとあらゆる社会問題を風刺するスタンダップコメディ作品の楽しみ方を聞いた。
日本人には馴染みの薄いスタンダップコメディだが、ブラックミュージックとの共通点が多いことを改めて知った夜。
日本人にはややピンとこないところもあるが、ドラマや映画に混じってやたらとNetflixのレコメンドに流れてくるのが、海外のスタンダップコメディ作品。コメディアンが政治、人種差別、ジェンダーなど、社会問題を笑いに変え、アメリカでは広く人気があるジャンルとなっている。そこでここでは、ブラックミュージックを中心とした音楽ライターの渡辺志保さんと共に、シカゴを拠点に活動する日本人スタンダップコメディアンSaku Yanagawaさんに、Netflixで観られるスタンダップコメディをオススメしてもらおう。
――まず、スタンダップコメディとはいかなるものか、を解説してもらいましょう。渡辺さんが一番最初にスタンダップコメディという芸能を認識されたのはいつ頃で、誰だったのでしょうか?
渡辺 私はクリス・ロックがきっかけなんですよ。その時のことはメチャメチャ強烈に覚えていて、99年のMTVのVMA(ビデオ・ミュージック・アワード)だったんです。そこで司会者だった彼が冒頭の10分間モノローグをやったんですけど、ブリトニー・スピアーズとかをメタメタにこき下ろすんですよね。当時中学生だった私は「ブリトニーにこんなこと言うなんて酷い!」と思ったんだけど、お客さんはドッカンドッカン笑っている……。その後もヒップホップのネタを挟んだりしながら、アワードの進行をスマートに進めていって。「この人は誰なんだろう、俳優さんなのかな?」と思って調べたら、コメディアンでした。その年はグラミー賞の司会も女性コメディアンのロージー・オドネルだったんです。「アメリカのコメディアンはこんな仕事もするんだ、こういう職業があるんだ」って気づかされたのが、その年でした。クリス・ロックはいつか生で観てみたいですね。
Saku クリス・ロックは今も精力的に活動していて、Netflixでも作品が観られます。スタンダップコメディは基本的に「脚本・演出・演技・プロデュース」の4つをひとりで兼ねます。だからダンサーや役者やミュージシャン、さまざまな職業を“束ねる”役割を、オスカーとかグラミーとかのアワードでも任されているんですね。アメリカのエンタメ界では非常に尊敬される職業となっています。
――スタンダップコメディは、日本人にとって馴染みが薄いですが、Sakuさんはどのように定義されていますか?
Saku 社会風刺をしなきゃいけない、とか、色んなことを言う人がいるんですけど、僕はシンプルに“コメディアンがマイク1本で舞台に立って喋る”そういう芸能だと定義していいと思います。だから、例えば日本の綾小路きみまろさんは間違いなくスタンダップコメディアンですし、色んなスタイルがある中で、社会風刺・政治風刺に笑いを交えながら斬り込む人が多いのが“アメリカのスタンダップコメディの特徴”かなと。
渡辺 スタンダップって、どういうルートがサクセスコースなんですか? まだ売れてないラッパーみたいに、地元の小さい小屋からスタートするとか、みんなどういうキャリアを積んで、クリス・ロックみたいになるのかなって。
Saku まず、各地の小屋で“オープンマイク”という素人でも飛び込みで上がれるステージで2分くらいネタをやって、もしウケたらそこでやってる地元コメディアンのショーに呼ばれる可能性があります。そこで5分や10分の時間をもらえるようになったら、次は名前だけでお客さんが来るコメディアンの前座になって20分もらう、といったふうにコンペディションを勝ちあがることから始まります。それとフェスティバルですね。アメリカには色んな権威があるコメディフェスがあって、そこで認められていくというルートもある。その後、アメリカの地方からコメディの都であるシカゴに集まってきて、シカゴで結果を出すと次はニューヨークかL.A.の舞台に移っていきますね。そこで名前でお客さんが呼べるようになるとテレビのトークショー――古くはジョニー・カーソンとかの番組にゲストで呼ばれて10分ほどのネタをやるともう上がりでした。そこからは全米ツアーが組まれてソールドアウトする。現在はその上がりが、Netflixで60~70分の特番が制作されることに移っています。そうなったのはここ2年くらいのことですね。
渡辺 なるほど。そういえばアメリカだとコメディアンとラッパーの距離って、すごく近いんですよ。18年にやったカニエ・ウェストのリスニングパーティーの司会がクリス・ロックだったり、カニエ以外のラッパーでもスキットにケビン・ハートのセリフを差し込んだものがあったり、マイク・エップスと一緒にアルバムを作ったり。両者共にマイクを使って、自分の言葉だけでお客さんをいかに湧かせられるかという共通点はありますよね。
Saku シカゴで450人くらい入る、僕がレギュラーでやってる箱があるんですけど、この間そこのオープンマイクに、チャンス・ザ・ラッパーが出たんですよ。
渡辺 え、本当に! 凄くない!?
Saku で、ドンずベりして帰っていったんですよ(笑)。どんなネタかっていうと、ちょうどシカゴ市長選の後で、実は選挙前に「チャンスが出馬するんじゃないか?」って噂がたってて。そこでその話をネタにしはじめて、「僕には“ノー・チャンス”だったね」っていうまさかのオチを持ってきて……。あまりにベタでシーンとしちゃってました。
ただその箱ではオーディエンスも、オープンマイクなどで一度はステージに上がったことがある人ばかりなんです。要は誰もがそこでスベった経験がある。そうしてそこでウケた人だけがステージに残ってるってわけなんです。彼らは、スタンダップや即興演技が大好きなんですよね。オーディエンスをわかせることが、みんなどれだけ大変なことかわかってるから、コメディアンのことを尊敬するんです。
――ヒップホップとコメディといえば、Netflixでは『デフ・コメディ・ジャム25』【1】という番組が視聴できます。これはヒップホップを専門としていた音楽レーベル、デフ・ジャムが92年7月に立ち上げたスタンダップコメディ番組『デフ・コメディ・ジャム』の25周年記念で制作されたものだとか。ヒップホップ、コメディ、それぞれの業界で“デフ・コメディ・ジャム”はどのように歴史的に位置付けられているのでしょうか?
渡辺 私はリアルタイム放送を観ていたわけではなくて、Netflixのその特番でで初めて観ました。84年にレーベルが設立されて以降、LL・クール・Jのように甘いマスクのラッパーがいて、ビースティ・ボーイズのようにオルタナっぽい白人のラップ・グループがいて、それとほぼ同時にRUN DMCにロック色を足してプロデュースをして、ツアーも組んでいた。当時のデフジャムは、ヒップホップ業界の中でも色んな駒を作って売り出していた時期。「さあ次はどうしよう?」ってなった時に、コメディに進出したってことですよね。創設者のひとりであるラッセル・シモンズのそういうビジネス的な才覚が、番組によく表れているなって。当時は『Martin』やウィル・スミスの『The Fresh Prince of Bel-Air』など、アフリカン・アメリカンのコメディアンたちが活躍するテレビ番組も人気を得ていた頃だったので、その影響も多分にあったのかもしれません。
Saku コメディの世界とヒップホップとの関連だと、アメリカではいわゆる「非白人男性の大物コメディアンが7年周期で出てくる」といわれています。リチャード・プライアーを始め、エディ・マーフィ、それからクリス・ロック、彼らがスターになった90年代前半以降はどんどん黒人コメディアン中心になっていったんですよね。ブラックカルチャーとしてのスタンダップコメディがメインストリームになるキッカケを作った、そういう番組だと思います。ヒップホップとコメディの結びつきを非常に強めるキッカケにもなりました。
主婦あるあるネタのアリ・ウォンに注目!
――ではあらためて、これからスタンダップコメディを観てみよう、という人へ入門編としてオススメのコメディ作品を教えてもらえますか?
Saku 『ザ・スタンダップ』【2】というシリーズがありまして、今シーズン2まで配信されています。この番組では5人のコメディアンが30分ずつネタを披露するんですよ。ジェンダーも人種も、色々混じっているので、まずはそれをスタンダップコメディのショーケースとして見てもらえたらいいと思いますよ。
渡辺 確かに、それだと自分の好みを見つけやすいですよね。
Saku もしそれでスタンダップってこういうものだってわかったら、コメディアンの名前で探していくといいと思います。とにかく人気のコメディアンを順にあげていきますね。
まずは今一番スタンダップコメディの世界で尊敬されているのが、デイヴ・シャペルです。19年の作品『デイヴ・シャペルのどこ吹く風』【3】は人種・LGBTQと、彼の視点で色んなものに斬り込んでいて、アメリカでも大ヒットでした。
渡辺 私、来日公演行ったんですよ。1000人規模の会場だったんですけど、今そのキャパでデイヴ・シャペルが見られるなんてアメリカでは有り得ないから絶対行こうと思ってたんですけど、チケットは瞬殺でした。お客さんは90%くらいが海外の方で、反応もすごく良かったですね。
Saku 次に、女性を一人あげるのであればアリ・ウォンですね。これは大袈裟ではなくて、アジア系のコメディアンで、歴代最もビッグなコメディアンと言っていいと思います。
渡辺 アリ・ウォン!彼女、今Netflixに上がっている2本(『アリ・ウォンのオメデタ人生?!』【4】『アリ・ウォンの人妻って大変!』【5】)とも、臨月状態でぺったんこ靴を履きながら、専業主婦を揶揄するようなネタをかますんですよ!「“私が働きに出たら誰が子どもの面倒を見るんだ?”って聞かれるけど、そんなのテレビに決まってるでしょ!」みたいな。大きく言えばフェミニズム的なんですけど、女性として、観ていて元気が出ます。
Saku それから政治系でひとつ作品をあげるとすると、面白いのがコリン・クインの『赤い州やら青い州やら』【6】。結構なベテランで、味のあるおっちゃんなんですけど、これは19年の作品です。今、すごくアメリカという国が政治的に分断されている中で、反体制・リベラルの立場から「でもリベラルにもおかしなところがあるよね」というのをちゃんとやってくれるところが、ほかにはないかなと思います。
渡辺 しかもこの作品、(政治的にリベラルな)CNNのコンテンツなんですね。
Saku ポリコレとかが厳しくなっている中で人気が出ているのが、ガブリエル・イグレシアスですね。ヒスパニックの太っちょなおじさんなんですけど、すごくクリーンなコメディアンで、とはいえ下ネタとかも多いんですよ。ただ、子どもも楽しめる下ネタなんですよね。後はDonDokoDonの“ぐっさん”みたいに電話や銃の音マネをしたり。
渡辺 私、彼の作品は観たことないんですけど、アメリカのメディアでも評価が高いですよね。「フォーブス」の“一番稼いでるコメディアン・ランキング”とかでも名前が挙がっていますよね。
Saku そうそう。ただ、面白いしこういうのが好きな人もいるとは思うんですけど、僕が目指すコメディアンではないんですけどね。でも彼の『ガブリエル・イグレシアスのみんなにウケるショ~』【7】は、入り口としてはオススメです。
――あ、スタイル的にはお好きではないんですね。では、Sakuさんが、モデルケースとしているコメディアンってどなたかいらっしゃるんですか?
Saku 好きなコメディアンはいっぱいいるんですけど、モデルケースにしている人って実はいないんですよ。こう言うとイキってると思われるかもしれないんですけど、スタンダップコメディアンのあるべき姿って、「お前がそれ言ったら面白いよな」っていうネタを書き続けることだと思うんです。例えば「渡辺さんが言ったら面白くないけど、僕が言ったら面白い」っていうジョークを書き続けることがすごく重要で。アメリカ社会における日本人の僕だから書けるものがある。そうやって、自身の出自や政治的な支持、さまざまなアイデンティティなどをネタにしていくんですよね。
渡辺 なるほど。究極のオリジナリティなんですね。
Saku だから誰かを目指しちゃうと、その時点で違ってきちゃう。スタンダップコメディって、「北風と太陽」で言うと「太陽」のアプローチから人に働きかけられる。コメディである以上、大事なことはちゃんと「笑い」として成立しているかどうか、そこがスタートラインです。「笑い」で自分の視点から見た政治や社会の問題点を包む、そして人が何かを考える機会になれば、意味がある芸能だと思うんですよ。
渡辺 うんうん。私もヒップホップを聴いて、初めて社会的・政治的な問題に関心が向くようになったっていうのもあるんですよね。例えば、ケンドリック・ラマーのリリックを理解するためには、必然的に「今アメリカがどうなっているのか?」に目を向けなきゃいけないし。一方で日本では、芸能にそういう視点を持ち込むことがあまり良しとされていない、というのがずっと続いていますよね。
Saku そういう政治を含めた今の日本の状況が凄く気持ち悪いし、だからこそ僕は、日本にそういうシーンを作る“メディア”になりたいですね。
(構成/カルロス矢吹)
(写真/石田 寛)
渡辺志保(ワタナベ・シホ)
広島市出身。音楽ライター。ヒップホップ関連を中心に執筆や翻訳、インタビューなどを手がける。共著に『ライムスター宇多丸の「ラップ史」入門』(NHK出版)。block.fm 「INSIDE OUT」、bayfm「MUSIC GARAGE:ROOM101」他でラジオ番組のパーソナリティを務めている。
Saku Yanagawa(ヤナガワ・サク)
アメリカ・シカゴを拠点に活動するスタンダップコメディアン。アメリカ以外でも10カ国以上で公演をしており、2018年にはワールドツアーを敢行。各国で開催されるフェスでも公演をしており、19年はスタンダップコメディアンとしては初のフジロックフェスティバルにも出演した。“Japan’s Comedian of The Year”を17年、18年と連続受賞。
Netflixで観られるSaku Yanagawa推薦のスタンダップコメディ作品
【1】『デフ・コメディ・ジャム25』(2017)
ラッセル・シモンズがプロデュースし、90年代に一時代を築いた伝説のコメディ番組のドキュメンタリー。番組から巣立った錚々たるスターコメディアンたちが、当時の様子を映像と共に振り返る。
【2】『ザ・スタンダップ』(2017)
2シーズン計12話のオムニバス。もうすぐ単特番組が持てそうな6人のコメディアンが登場し、30分ずつのショーを繰り広げる。スタイル、ジェンダー、民族の多様性をネタにするまさにショーケースだ。
【3】『デイヴ・シャペルのどこ吹く風』(2019)
一番人気のスタンダップコメディアンの最新作。コメディアンの中でも芸術と評される彼が、銃社会や深刻な麻薬問題、そして相次ぐセレブのスキャンダルをタブー無しの攻めの姿勢でぶった切る。
【4】『アリ・ウォンのオメデタ人生?!』(2016)
今もっともアツい女性コメディアンとして人気が高いアリ・ウォン。アジア系ながら、妊婦姿で性へのあくなき探求心、フェミニズム批判、妊娠までの苦労などの本音をぶちまけ大きなセンセーションを与えた。
【5】『アリ・ウォンの人妻って大変!』(2018)
前作のヒットからよりエッジの効いたネタで勝負するアリ・ウォン。子育てを経験したことで、ライターとしても成熟が感じられるネタが多く、攻め姿勢一辺倒だった前作から、より円熟した笑いのとり方をする。
【6】『コリン・クインの赤い州やら青い州やら』(2019)
保守にもリベラルにも切り込むベテランコメディアン。タイトルは、その名もズバリ彼の国の大統領選挙における政党支持傾向を示す概念となっている。現状の分断されたアメリカ社会を痛快に斬る。
【7】『ガブリエル・イグレシアスのみんなにウケるショ~』(2019)
ガブリエル・イグレシアスは、豊富な表現力で語る陽気なヒスパニック。デブの自虐や軽い人種差別ネタ、スヌープ・ドッグほか有名人と会った時の爆笑エピソードなど多様なネタを展開する。
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