インディレーベルの老舗〈Pヴァイン〉水谷聡男社長独占取材――スペースシャワーから独立したMBOの真相を激白!
#音楽 #インタビュー #Pヴァイン
MBO(マネジメント・バイアウト)――企業の経営者(経営陣)が自社株を既存の株主から全取得し、自らがオーナーになる行為を指す。老舗芸能事務所「吉本興業」(2009年)や「株式会社ホリプロ」(11年)をはじめ、映像配信サービス「株式会社U-NEXT」(17年)、出版社では「株式会社幻冬舎」(10年)などがMBOを行った主な事例として知られているが、今年12月で創立45周年を迎えるレコード会社「株式会社Pヴァイン」が、去る2月14日に親会社となる「株式会社スペースシャワーネットワーク」より全株式を取得し、MBOを実施したことが発表された。
昨今、MBOが注目される背景には「短期的収益に左右されず、中長期的な戦略を強化」できることが挙げられるが、CDが売れずデジタルへの移行が進まず業績不振がささやかれる日本の音楽業界において、PヴァインがMBOを決断した理由とはなんだったのか? その背景と音楽業界の多角的事業の可能性を、同社代表取締役である水谷聡男氏に問う。
■[Pヴァイン]とは?
1975年、設立。国内外の多種多様な音楽/文化を、CDやレコードといった音源や、DVDなどの映像、そして雑誌や書籍などのメディアを通して提供する、日本のインディーズ音楽シーンのパイオニア的存在。
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――水谷社長の経歴についてお聞きします。もともと音楽業界ではなく、NTTに勤務されていたと聞いていますが、どのような形で転職されたのでしょうか?
水谷聡男(以下、水谷) 新卒で入社し、NTT東日本で法人営業を担当していたんですが、高校時代に体験した音楽的な衝動がどうしても忘れられず、通信系の仕事に興味はあったものの、やはり音楽に携わる仕事をしたいと思ったのがきっかけです。僕と同じ部署の同僚に武田双雲という書道家がいたんですが、彼も書道家への道をあきらめることができず、異業種への転職は当時の会社では珍しかったのですが互いに一念発起でNTTを退社し、それぞれが希望する職種に就いた形です。
――その転職先がPヴァインだったのでしょうか?
水谷 なんとか音楽業界に入り込めないかと求職していたところ、当時の新聞の求人情報に「株式会社ブルース・インターアクションズ」(※Pヴァインの前身となる旧社名)が載っていたんです。高校時代から(同社が刊行する)音楽誌「bmr」に多大な影響を受けていたこともあって、門戸を叩きました。もともとブラックミュージックが好きだったので、入社当初は営業畑で働きながら、日本語ラップの制作などにも携わっていくようになりました。Pヴァインは一組織なので職種の振り分けもありますが、一定の秩序を守りつつ、営業職が企画を出す作業もでき、スタッフの各々が持つ個性や情報を生かしながら、よい作品をリリースしていく作業は、とても楽しい仕事でしたね。
――社長に就任した経緯というのは?
水谷 前オーナーが15年ほど前に引退を考えられて、また同時期に株式会社スペースシャワーネットワークと業務資本提携を結んだこともあり、提携後も「Pヴァインのアティチュードはしっかり継続させたい」という意向から、僕が役員に指名されたように思われます。その後、11年の4月に「Pヴァインを、よりPヴァインにしていく」というスローガンを掲げ、社長に就任しました。東日本大震災が起きた直後に社屋を移動したのを、今でも鮮明に覚えています。
――MBOの実施はいつ頃から考えられたのですか?
水谷 先に言っておきたいのは、スペースシャワーは音楽愛にあふれ、Pヴァインというブランドを尊重してくれた企業であることに間違いありません。しかし、日々の音楽のマーケットに変化が起きていく中で、Pヴァインだけのことを考えた経営判断ができないこともある中で、僕としては、Pヴァインが持つ哲学を中心に経営的な判断をしていきたいという考えがあった。特に海外をはじめとした音楽事業の売り上げがサブスク中心となったこの2~3年で、その思いは強固になっていきました。MBOを決断した一番の要因は、Pヴァインをオルタナティヴなシーンのために、しっかりとメインフォーカスしていきたいという気持ちからです。
――PヴァインのMBO実施を発表したプレスリリースには、「機動的かつ自由度の高い意志決定を持ち」とありますが、具体的にはどのような方針なのでしょうか?
水谷 先ほど話したように、昨今の音楽業界はサブスクが大きな市場になってきており、当社でもそこは同様であります。しかし、すべてのアーティストがサブスクとの親和性が高いとは言い切れない。極端に言ってしまうと、サブスクと相性がよいものは、マーケットが大きく、単価を下げても広がりを持てるもの。市場に優位性もありますからね。ただ、そこに属さぬアーティストもたくさんいて、僕はそうしたアーティスト“も”バックアップしたいと考えています。とても素晴らしい音楽をやっているのに、市場や聴き手の質や層を見極めてしまって、いつしか趣味の延長でしか音楽と向き合えないようになってしまったら、彼らが持つ芸術性は薄れていってしまう。そのため、Pヴァインとして、多様性のあるシーンの中で、中長期的なスタンスであらゆる選択肢を持ちたかったんです。今回のMBO実施後、スペースシャワーの方から「Pヴァインの考えは、今も昔も1ミリもブレていない」と言っていただき、弊社の考えを尊重してくれたと感じています。つまり、「オルタナティヴ」という理想の追求を掲げつつも、市況をタイムリーに捉え、ビジネスとバランスを取ってPヴァインに継続性を持たせていくことが、私の大きな使命だと思っています。
レコード会社がMBOをするメリット――創立45周年を迎える代表取締役の本音
――自主で作品を発表している20代のアーティストにインタビューをすると、「レコード会社と契約するメリットはない」と話すこともありますが、そうした考えにはどのような意見をお持ちでしょうか?
水谷 確かに今はCDというパッケージにしなくとも、全世界に自身の作品を発信できる時代です。YouTubeにミュージックビデオをアップすることも容易ですし、サブスクで配信することも難しくありませんので、レコード会社を頼らずにビッグヒットを生むアーティストは出てくるでしょう。ただ、「そこから何をすべきか?」、広がる可能性を高めていく作業が必要になり、我々はそこに対するノウハウや人脈を持っております。自分たちですべてまかなえてしまう時代ですし、僕も若い世代だったら、「なんのメリットがあるの?」と思うでしょうから、そうした考えを丁寧に提案していくことができるかがとても大切だと思っています。
――この時代に音楽業界、ひいてはレコード会社がMBOをするメリットというのは?
水谷 短期的な利益の追求だけでなく、例えば我々が体験してきた素晴らしい音楽の原体験に継続性を持たせ、広げていくことに注力したりと、柔軟に経営ができることではないでしょうか。Pヴァインは社員数40人前後の小さな会社ですが、社員一人ひとりが大切な人材であり、一存在です。たとえ今期の売り上げが沈んだとしても、Pヴァインというチーム一丸となって動ける強みがある。一方で厳しい面で言えば、MBOを実施したことで自由度が高くなっただけに、しっかりと対応できる志や、その勇気を保てるか否かという問題もありますが、そこは経営者として求められるものに応えていきたいと考えています。
――いまだにCDの売り上げ枚数にこだわる日本の音楽業界、という印象は拭えませんが、今回のMBOは業界にテコ入れをするきっかけになると思いますか?
水谷 先ほども申したように大企業でもないので、大それたことは言えませんが、僕としてはCDであってもサブスクであっても、リリースする楽曲というのはビジネスの核になってほしいと思っています。今後も「音楽を聴く」という行為に関しては安価になっていくのかもしれませんが、我々としては何かしらのヒントを得ながら、アーティストにモチベーションを保つためのアイディアを提案していきたいと考えています。
――最後に、今年の12月で創立45周年を迎え、「さまざまな企画を実施していきたい」と掲げていますが、どのような施策を考えられているのでしょうか?
水谷 45周年という特別な年なので、45-45方式(ステレオ盤の主力となったアナログの溝の形状)のアナログを45枚出そうとか、当社で運営するメディア「ele-king」含め、社員一丸となって面白いことをやろうと、いろいろ検討している段階です。また、異業種にも声をかけていきたいし、かけていただきたいとも思っており、僕らのモットーに共鳴してくれる方々と面白いことに取り組んでいきたいと考えています。MBOしたからといって、なんでもかんでも手を出すのではなく、現場のスタッフがやることに変わりはありませんので、しっかりと地に足の付いた施策を展開していきたい。そして、「Pヴァイン」という音楽の集合体の志に賛同してもらえるアーティストやお客様と一緒にオルタナティヴなシーンを盛り上げていきたいと思っています。
水谷聡男(みずたに・としお)
1974年、千葉県生まれ。立教大学理学部数学科卒業後、「株式会社NTT東日本」の法人営業部を経て、2000年に株式会社ブルース・インターアクションズ(現・株式会社Pヴァイン)に入社。11年より同社代表取締役社長に就任し、今年、株式会社スペースシャワーネットワークより株式会社Pヴァインの全株式を取得し、マネジメント・バイアウトを実施。
※サイゾーpremiumより
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