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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.580

劇場公開に先駆け、新作映画をネットで先行配信 アートの力で傷ついた心を癒す『サイコマジック』

インチキ新興宗教の茶番劇のようだが……

吃音で悩んでいた中年男性に、ホドロフスキー監督は明るい少年時代を体験させることで、心の障害を取り除いてしまう。

 最初に登場するのは、少年時代に父親から虐待され、大人になった今でもトラウマとなっている男性だ。彼は苦しみから逃れるため、ヘロインに手を出し、自殺願望も抱いているという。ホドロフスキー監督は、男性の体にマッサージを施し、仰向けに寝かした彼の胸の上に皿を重ねて、ハンマーで皿を粉々に砕く。さらに彼を土に埋め、鳥葬を体験させる。すごい数のハゲタカが舞い降りてくる。かろうじて土中から這い出た男は、ホドロフスキー監督からミルクを全身に浴びせられ、新しく生まれ変わることになる。

 少年時代のトラウマに悩む男に、疑似的な死を体験させ、人生をリセットさせる。はたから見るとインチキ新興宗教の茶番劇のようにしか映らないが、宗教儀式めいた一連の行為を終えた男の表情はとてもスッキリとしている。若い頃から精神分析を学んできたホドロフスキー監督が、カウンセリングと演劇的メソッドをミックスさせて開発したユニークな心理療法、それが“サイコマジック”だ。精神分析は言葉を使ってトラウマの原因を探っていくが、トラウマそのものを除去することは容易ではない。ホドロフスキー監督は肉体を積極的に使うことで、無意識の世界の中でその人の足かせとなっている記憶/トラウマからの解放を目指している。

 他にも、母親を愛することができず、自分が母親になる自信が持てない女性、家族から無視され続けたことを訴える男性、うつ病に悩む88歳の老女など、さまざまな心のトラブルを抱えた市井の人々が現われる。ホドロフスキー監督は彼らに誠実に向き合い、それぞれに有効な治療方法を考える。どれも、とても演劇的な療法であり、それぞれがトラウマを語り、ホドロフスキー監督の演出に応じることで、精神的に解放されていく。その様子は、トラウマからの解放をテーマにした短編映画集のようである。

 ホドロフスキー監督は相談に訪れてきた人たちの悩みを数カ月以上の時間を費やしてカウンセリングすることで、その人の悩みの原因を掘り出し、その人を主人公にした芝居の脚本を練り、演出を考える。自分のためだけに用意された芝居に主演することで、彼らはこれからの人生を前向きに考えることができるようになる。芝居の中で幼少期に戻り、死を体験し、新しい人生を手に入れる。体を使って演じるという行為は、人間の深層心理にとても大きな影響を与えるらしい。ちなみに相談者たちからの謝礼は、ホドロフスキー監督は受け取っていないそうだ。

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