“デブ・ハゲをいじる”お笑いはもう古い!? アメリカで一般化するボディ・ポジティビティという潮流
#スタンダップコメディ #Saku Yanagawa
トム・パパはスタンダップコメディアンとしての活動にとどまらず、自身がホストを務めるラジオ番組でも長年にわたり声を届けてきたベテランだ。現在はロサンゼルスを拠点に活動しているが、本作では故郷ニュージャージーに凱旋を果たし、劇場の観客からも暖かい歓迎を受けた。
51歳の彼は、黒い背広に黒縁メガネという「クラシックな」コメディアンの出で立ちで舞台に登場すると、60分間マイクスタンドの前からほぼ動くことなく穏やかな語り口で客席に向かって話し続けた。その口ぶりは丁寧で、決してFワード(放送禁止用語)を用いたりしない。
トム・パパは誰もが「ありのまま」でいることへの重要性を繰り返し説いてみせる。そしてその「ありのまま」の自分に誇りを持ち、「誰かに必要とされていることを自覚すべきだ」と。それは自分と同世代の人々に対してだけでなく、2人の娘を持つ「パパ」として若い世代にも向けられている言葉のように感じられた。
とりわけ彼は体型に関して言及する。
「君が太っていようが気にしなくていいんだ。デブで何が悪いのさ。自分を受け入れるだけさ」
SNSなどで誰もが自分のよい部分だけをひけらかし、承認欲求を満たせる時代。他者と自分を比べて卑屈になってしまうことも少なくない。誰かの鍛え抜かれた体や、ファッションモデルのようなプロポーションの写真を見て落ち込む必要などない、と彼は言う。
アメリカで近年「ボディ・シェイミング(Body Shamin)」という言葉をよく目にする。他人の身体的特徴を批判したり、馬鹿にするなどして屈辱を与えることで、しばしば多様性に逆行する前時代的な価値観として非難されてきた。
日本でもよく見られる「デブいじり」「ブスいじり」などはもちろんのこと、一見褒め言葉のように感じられる「顔小さいね」という言葉でさえも、“自分の物差しで他人の外見をジャッジしている”ということで、好ましくないとされてきている。
そうした流れの中で新たに「ボディ・ポジティビティ(Body Positivity)」という運動が盛り上がりを見せてきている。
太っていようが痩せていようが、チビであろうがノッポであろうが、たとえ傷や欠損、不自由な箇所があろうが「ありのままの体を讃えよう」というもの。フォトショップを使用して引き締まった体を捏造するなら、自分自身に誇りを持つべきだということで、加工を禁ずる雑誌も出てきたし、ふくよかな体型の「プラスサイズ・モデル」も多く登場した。著名なアーティストもこれらの運動に賛同し最近では、テイラー・スウィフトやビリー・アイリッシュが発言したことも記憶に新しい。
スタンダップコメディにおいても、外見をイジって笑いを取るスタイルは近年急速に減り「古臭い笑い」だと見なされているし、とりわけ女性のコメディアンたちが「ボディ・ポジティビティ」について積極的に取り上げジョークにしている。それも本音をぶちまけるようにむき出しの言葉で。
穏やかな口調ときちっとした身なりの初老の男性という一見旧時代的な容貌のトム・パパが包み込むように訴える「ボディ・ポジティビティ」には独特の説得力と優しさがある。
一方で「ありのまま」の自分でいい、という考え方はこれまで批判にも晒されてきた。「ミレニアルズ」と呼ばれる世代(1983年から2000年生まれ)は多様性を認め自分らしくいようという価値観の中で教育を受けてきた。
日本における「ゆとり世代」とイメージすればわかりやすいか。筆者も含めた「ミレニアルズ」は「ありのまま」でいいと甘やかされて育った結果、向上心を失ったとたびたび論じられてきた。
それでも、このコロナの混乱の中、ミレニアルズを含めた誰もが必死に今を生きているに違いない。必死に日々を生きている今、”You’re Doing Great”「君はよくやっているよ」と言ってくれるトム・パパが必要かもしれない。
トム・パパ
1968年、ニュージャージ州生まれ。ジェリー・サインフェルドに見出されスタンダップコメディアンとして多くの舞台を踏むほか、ラジオのホストや映画の出演など幅広い活動を見せる。近年では自身のポッドキャストも人気を博す。<『人生あっぱれ』>トム・パパのNetflix最新作。地元ニュージャージで行ったソロショーの模様を収めた本作は「ありのまま」の自分を認め、誇りを持つことを説く「頑張るすべての人へのエール」
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