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日刊サイゾー トップ  > 下ネタ!『好きにヤっちゃえ』
スタンダップコメディを通して見えてくるアメリカの社会【3】

「人工妊娠中絶」中止に下ネタで反撃! ”女性のチョイス”を問うニッキー・グレイザー『好きにヤっちゃえ』

●今回の作品

『好きにヤっちゃえ』(原題はBangin’)赤裸々に語られる体験談や下ネタで女性としてのホンネをぶちまける自身初のネットフリックス60分スペシャル。

◇ ◇ ◇

 アメリカではすでにほぼ全土でロックダウンとなっており、コロナ禍で家にいる時間が増える中で、ネットフリックスの視聴率も増えているとか。これまでスタンダップコメディ番組にトライしたくても躊躇していた巣ごもり民に、今回はニッキー・グレイザーの『好きにヤっちゃえ』(2019)を紹介してみよう。

 ニッキー・グレイザーはオハイオ州出身の女性コメディアンで、近年では自身のポッドキャストやテレビでのローストバトル(いじり合戦)への出演で人気が高まっている。そんな彼女の持ち味は、ド直球の下ネタ。本作でも60分に渡りほぼ下ネタ一本勝負でまくしあげた。

 まず最近の、アメリカでのスタンダップコメディの潮流として、”本音をぶちまける女性コメディアン”の活躍が挙げられる。エイミー・シューマーやホイットニー・カミングス、アジア系でもアリ・ウォンなどキツい下ネタを、なんの抵抗もなく言い放つスタイルがメインストリームとして定着してきた。

 その根幹には当然、フェミニズムが大きく関係している。元来、男性が多数を占めていたスタンダップコメディ界に女性が参入していく際に、”女性だから”「これを言ってはいけない」「言うべきではない」という偏見に満ちた批判に対して、彼女たちは女性の立場から”あえて積極的に下ネタを言う”というひとつの打開策を示してきた。実際、彼女たちの大胆で正直な姿勢が多くの女性を勇気づけてきたし、女性コメディアンの多くが今も「フェミニストの象徴」と位置付けられている。

 ニッキーも女性ファンが非常に多いのが特徴で、本作でも多くの女性が劇場に詰め掛けている。そんな客席に向かって、またカメラの向こうで観ているであろう多くの女性に向かってニッキーは語りかける。アメリカにおいてスタンダップコメディアンは「笑い」にまぶして「本当に語りたいこと」を声として届けることが求められるが、彼女は下ネタにまぶし一貫して「女性としてのチョイス」を訴える。

 「女性も自分の”チョイス”でセックスしていい時代なの」と。

 性の解放が進んでいるイメージのアメリカであっても、女性がセックスについてオープンに語れるようになったのはごく最近のこと。歴史はまだ浅いのだ。『自身が酔っ払ってやらかしてしまった体験談』や『コンプレックスを克服して前向きに男をゲットしようとしている話』は会場の物言えぬ女性の声を代弁し、スカッとさせた。そしてニッキーは「女性自身の“チョイス”で中絶だってできるべきだ」と訴え、会場からは大きな拍手が上がった。

 アメリカでは2019年、南部を中心に多くの州で人工妊娠中絶を禁止する州法が成立した。多くのキリスト教福音派が住む南部において、教義に反する堕胎手術はたとえ近親相姦やレイプによる望まれない妊娠の場合でも罪とみなされ、アラバマ州ではそれに違反した際には執刀医にもレイプ犯より重い最大99年の禁固刑が科せられる法律が誕生してしまった。そうした一連の流れに対して全米で女性たちが立ち上がり、女性の生殖の権利と選択の自由、いわゆる「プロ・チョイス」を守るための抗議運動が行われた。

 本作でニッキーが見せる”下ネタにまぶすフェミニストとしての姿勢”には、アメリカ国内でも賛否を呼んだ。否定的な意見の中には、「ただ下ネタを言うだけでは、本当の意味での女性の権利向上には何ひとつ繋がらない」というものも。

 おそらく彼女自身も、下ネタ=フェミニズムとは考えていないであろうし、セックスについて本音をぶちまけたところで、本当の意味でのフェミニズムが結実するわけではないことぐらい理解している。しかし15年以上表舞台に女性コメディアンとして立ち続ける中で、今なお肌で感じる見えない偏見に対し、彼女が下ネタで切り込んで「声」を届けるという「チョイス」をしたのなら、僕は彼女のその「チョイス」を支持したい。

ニッキー・グレイザー
1984年、オハイオ州生まれ。スタンダップコメディアンとして全米をツアー巡業しながら自身のポッドキャストシリーズやコメディセントラルのNot Safe with Nikki Glaserなどで人気を博す。

Saku Yanagawa(コメディアン)

アメリカ、シカゴを拠点に活動するスタンダップコメディアン。これまでヨーロッパ、アフリカなど10カ国以上で公演を行う。シアトルやボストン、ロサンゼルスのコメディ大会に出場し、日本人初の入賞を果たしたほか、全米でヘッドライナーとしてツアー公演。日本ではフジロックにも出演。2021年フォーブス・アジアの選ぶ「世界を変える30歳以下の30人」に選出。アメリカの新聞で“Rising Star of Comedy”と称される。大阪大学文学部、演劇学・音楽学専修卒業。自著『Get Up Stand Up! たたかうために立ち上がれ!』(産業編集センター)が発売中。

Instagram:@saku_yanagawa

【Saku YanagawaのYouTubeチャンネル】

さくやながわ

最終更新:2023/02/08 13:22
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