テレビ東京が進めている「働き方改革」とは? 新番組『シナぷしゅ』プロデューサーに聞く
他の民放キー局では手をつけないチャレンジングな番組づくりに定評のあるテレビ東京。
そんなテレビ東京がまた新しい試みに踏み切る。乳幼児向けの新番組『シナぷしゅ』だ。この番組はまず昨年12月16日~20日に放送され、その好評を受けて4月6日(月)からレギュラー放送が始まる。(毎週月~金あさ7時35分~8時、夕方5時30分~5時55分再放送)
実は、乳幼児をターゲットにしたテレビ番組はビジネスにならないことから民放ではつくられたことがなかった。『シナぷしゅ』は敢えてそこに切り込んでいく。しかも、この番組はスタッフの人選も特殊で、プロデューサーの中にはテレビ東京アナウンサーである松丸友紀氏の名前もクレジットされている。
その背景には、テレビ東京が進める「働き方改革」があった。
3月26日、テレビ東京の小孫茂社長は定例会見にて、新型コロナ感染症の感染拡大を受けて新たな施策を発表。テレビ東京ではそれ以前から4割が在宅勤務をしていたが、27日よりはさらに強い在宅勤務を進めて8割をリモートワークに。その状況でも通常放送が可能かどうかテストをし、最終的には9割を在宅にすることを目指すという。
このニュースも『シナぷしゅ』の製作秘話を聞くと意外ではない。この大胆な施策は、テレビ東京のこれまでの働き方改革の成果であり、今後の在宅勤務の運用拡大を目指すための挑戦でもあるのだろう。
『シナぷしゅ』プロデューサーであるコンテンツ統括局編成統括部の飯田佳奈子氏に、番組製作の背景について聞いた。
飯田佳奈子
2011年入社。制作局、アニメ局を経て、2014年からは営業局に配属。『Youは何しに日本へ?』『開運!なんでも鑑定団』『出没!アド街ック天国』など人気番組のセールス促進を4年間担当。2018年に第一子を出産。2019年6月の会社復帰に際し、新しく発足したコンテンツ統括局に配属され、間もなく本企画を提案。初めてのプロデューサー業を務める。
テレビ東京が民放テレビで初の乳幼児番組を制作
──乳幼児(0歳~2歳)向けの番組はいままで民放ではつくられたことがなく、『いないいないばあっ!』(NHK Eテレ)のようなNHKの番組しかなかったんですよね?
飯田 はい。というのも、視聴率を測る区分のC層(Child)は4歳~12歳で、一番低い年齢でも4歳から始まります。だから、0歳~2歳をターゲットにしてしまうと、そもそも視聴率の指標外になってしまう。
民放は視聴率でビジネスをしているわけですから、普通はお金にならない番組をつくることはできないです。
でも、敢えてその層を狙った『シナぷしゅ』という番組が生まれ、今回レギュラー放送が始まるというのは、テレビ東京らしいチャレンジ精神なのかなと思います。
──『シナぷしゅ』の企画が立ち上がる原点を教えてください。
飯田 私は2018年に子どもを産んで、2019年6月に復職しました。それまでは営業部にいたのでまた営業に戻るものとばかり思っていたら、出された辞令は「コンテンツ統括局」という新設された部署だったんです。
──コンテンツ統括局というのはどんな部署なのですか?
飯田 「これからのテレビの在り方を考える部署」と言ったら格好良すぎますけど、要は、インターネットを介して新しいメディアがどんどん登場し、視聴者が様々な見方で動画を見る時代のなか「テレビ局が生き残るためにはどうすればいいか」を模索するための部署です。そのために必要な新しいチャレンジを提案する仕事をしています。
──なるほど。だから、普通であればビジネス上の観点から言って議論の俎上にも載せられないような『シナぷしゅ』のような企画が実現したのですね。
飯田 そうですね。あと、『シナぷしゅ』の着想には育休中の経験が活きています。育児をしていて、乳幼児向けの番組が『いないいないばあっ!』以外はいっさいないことに気づいたんです。
自分で子育てをするまでは、この状況に疑問すら抱いていませんでした。
──NHK2局と民放5局が24時間365日番組をつくり続けているのに。乳幼児向け番組が『いないいないばあっ!』ひとつだけというのは、確かにすごい不思議な現象ですね。
飯田 これだけ多様なメディアが存在する世の中になって、動画コンテンツの選択肢なんて掃いて捨てるほどある世の中なのに、乳幼児向け番組だけなぜNHK Eテレの番組ひとつだけでいいと思えるんだろう? 民放の中にもひとつぐらいは新しい選択肢を提供する番組があってもいいんじゃないか? そう思って『シナぷしゅ』の企画を立ち上げたんです。
──『シナぷしゅ』はYouTubeやTVerなどの動画サイトで全編見ることができますが、こういった要素も「これからのテレビの在り方を考える」なかで導かれたものですか?
飯田 そうです。企画書の段階から、放送したものとまったく同じものをネットで配信することを想定していました。
病院の待合室とか電車の中とか、子どもに動画を見せたいタイミングがあります。そういったときに見せやすい環境でないと不便ですから。
どの親御さんも子どもを動画漬けにしたいとは思っていません。でも、生活のなかの要所要所で「申し訳ないけど、いまだけはこの動画に夢中になって」という瞬間があります。その気持ちは自分が母親になって痛いほど分かるようになりました。
だって、私自身が子どもにYouTubeの『シナぷしゅ』の動画をめっちゃ見せてますもん。
株式会社テレビ東京コンテンツ統括局編成統括部の飯田佳奈子氏(撮影:wezzy編集部)
「ママ」を主語にするのではなく、「ママとパパ」セットで
──そんな『シナぷしゅ』は、番組制作に関わるスタッフの集め方も普通の番組とは少し違っているんですよね。
飯田 番組づくりをする時は普通、制作局のスタッフを集めて人員を決めていくんですけど、せっかくこれまでつくってきたバラエティー番組とは違う新しいジャンルに挑戦するんだから、人員の集め方もいつもとはやり方を変えました。
それで、『シナぷしゅ』のテーマに対して熱量の高い、育児の当事者を様々な部署から募ることにしたんです。
──2017年に第一子を出産し、翌年から復帰している松丸友紀アナウンサーがプロデューサーにクレジットされている背景にはそういう経緯があったんですね。
飯田 そうです。それで、実際に子育て中のママ社員、パパ社員を集めて番組をつくりました。
──パパ社員も集まったのですね!
飯田 これから始まるレギュラー放送ではまた変わってくる可能性もありますが、昨年12月に放送したときはプロデューサー5人のうち1人は男性でした。
──それには明確な意図があったのですか?
飯田 ええ。『シナぷしゅ』を制作するにあたって気をつけたことのひとつが、「ママ」を主語にするのではなく、「ママとパパ」をセットで言おうということです。
一昔前だったら「子育て中のママが集まって~」ということになりがちだったと思うんですけど、そうではなくてパパもスタッフに入れようというのは意識的にやったことです。
テレビ東京の長時間労働見直し
──ということは、テレビ東京では男性も育児休暇を積極的に取得する傾向があるのですか?
飯田 2016年度から2018年度の間に5名の男性社員が育児休暇を取得しており、3カ月や半年などの長期にわたって育児休暇を取っている人もいます。
長時間労働が当たり前だったテレビ業界の会社で雰囲気が変わり始めているのは良いことだなと思っています。
テレビ東京では他にも働き方改革を一生懸命押し進めていて、在宅勤務の運用も始まっています。
──なるほど。
飯田 こういった働き方が浸透するということは、育児だけでなく、「自宅で家族の介護をしながら」とか、それぞれの事情に合わせた働き方ができるということでもあります。フレキシブルな働き方ができるようになることは、多くの社員にとっていいことなのだと思います。
──テレビ局も変わろうとしている時代なんですね。
飯田 テレビ番組づくりの現場においては「朝10時から翌朝の午前9時まで編集所にカン詰め」みたいなスケジュールが頻繁に起こって、人間らしい生活が送れなくなりがちなんですけど、『シナぷしゅ』ではそこにも挑戦していきたいなと思っています。
時短で働いている人たちでも、やり方を工夫することにより、自分の持てる時間の中で最大限の力を発揮して番組を成立させることができる。
そういった働き方でもちゃんとしたコンテンツを生み出すことは出来るということを示せたらと思っています。
──それは大きな一歩ですね。テレビ以外の業界も長時間労働は変えていかなければなりません。
飯田 『シナぷしゅ』の企画を動かし始めて思ったのは、世の中が少しずつ動きだしているということです。
男性育児休暇や働き方改革に興味をもつメディアの方がこうやって取材に来てくださることもそうですし、普段一緒にお仕事させていただいている別の企業の担当の方にお話を伺っても、それぞれの会社で小さな花のようなものが咲き始めているのを感じます。
──メディアは社会に模範を示すロールモデルの役割を期待される存在であり、特に影響力の大きい地上波テレビはその傾向が強いと思います。
飯田 雑誌とかインターネットって自分から情報を取りに行かないと辿り着けないものですけど、テレビはただスイッチを入れるだけで情報が流れ出してくるものですから。
メディアも多様化してきて、動画を見る手段や環境は多様化しました。テレビ局の力は以前ほど強くないんでしょうけど、それでもまだまだ影響力は失っていないはず。
人口も出生率もどんどん減ってしまっているなか、「子どもをどうやって育てていくか」というのはこれからますます重要な議題になっていくのは間違いありません。
『シナぷしゅ』のような番組を毎朝放送することが起爆剤になり、少しでも社会に風穴を開けられたら。それで赤ちゃんに優しい社会になったらいいなと思っています。
(取材、構成:wezzy編集部)
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