トップページへ
日刊サイゾー|エンタメ・お笑い・ドラマ・社会の最新ニュース
  • facebook
  • x
  • feed
日刊サイゾー トップ > その他 > ウーマン・ウェジー  > 芸能記者が振り返るSMAPとの思い出
【wezzy】

中居正広退所まで残りわずか「3年目のスマロス」に振り返るSMAPとの思い出

 ライブやイベント、演劇が相次いで中止になり、芸能界にも激震が走っている「コロナショック」。そんな中ですが3月末、予定通りに中居正広さんはジャニーズ事務所を去ります。

 今回はSMAPを長年取材してきたベテラン芸能記者として、アツが彼らとの思い出をこれでもかとプレイバック。普通の少年だった彼らの素顔とは?

――――――――

 皆さん、ごきげんよう。アツこと秘密のアツコちゃんです!

 今年は桜の開花が早く、東京では3月中旬には咲いてしまうとか。でも「桜咲く~」と浮かれている場合ではなく、新型コロナウイルス感染拡大防止のためお花見宴会はみんな自粛なのよね。

 毎年わけもなく何度もあっちこっちの観桜会に顔を出しているアツたちにはちょっぴり悲しいニュースだけど、このご時世だから仕方ないわね。とはいえ飲んだくれの"いつメン"たちが飲まずに過ごせるわけもなく、家飲みにて盛大なグチ座談会。「家だと大きな声で思いっきりナイショ話が出来る~」の絶叫が響き渡る中での今宵のお題はコレ。改めての「中居正広さんの退所」について。

 我らがリーダーのコメンテーター女史による「中居くん、本当にお疲れ様でした~」の掛け声で乾杯し、シャンパンをグイッと一気飲みした女史は開口一番「一つの時代が終わっちゃった感じね」と一言。

 2月に行われた退所会見の時は「中居正広エンターテインメントショー」だったからあんまり感じなかったんだけど、ジワジワと退所の3月末が近づいてくると「本当にジャニーズ事務所を辞めちゃうんだ」と実感し始めてきたのよね。

 さらに十分に分かりきったことなんだけど「あ~、本当に本当にSMAPは解散したんだな」と今さらながら思い知らされ、急に寂しさが込み上げてきてやるせなくなっちゃって。

 女性誌編集者のYちゃんなんて泣き上戸でもないくせに「SMAPは私の青春の全てだったぁ」と大酒を飲みながら涙し始めるしね。「3年目のスマロス」にのたうち回りながら、いつになくしんみりした家飲みになっちゃったのよ。

 まぁね、世代的にもアツたちのドンピシャアイドルと言えばSMAPやTOKIO。でもただのファンから実際に彼らの担当記者や担当編集になってみると、その思いはまた全然違ったものになっていったのよね。

「俺、司会をやってみたいんだ」から26年
 アツに関して言えば20年以上、彼らとは少なくとも週に一度は取材などで顔を合わせていたし、誰かがドラマなんかに入れば、3カ月間ずっと密着したり……の毎日で。個別やグループでのインタビューも100回は軽~く超えてると思うし、皆さんから「僻地だろうといつもいるよな、国内外どこにでも来るなぁ。暇なのか?」などと言われてウザがられていたけど、シレッとめげずに「仕事だから今日も来てみたぁ」なんて言いながら四六時中、ガツガツ追いかけ回していたの。今頃になってからじゃ遅すぎるけど、その節はホントごめんなさいね~!

 あれはいつだったか。キラッキラなバリバリアイドルだった中居さんから「俺、司会をやってみたいんだ」と最初に聞いたのは1994年、生放送の情報番組『OH!エルくらぶ』(テレビ朝日系)に出演していた時のこと。

 その少し前から『森田一義アワー  笑っていいとも!』(フジテレビ系)にもレギュラー出演していて"しゃべり"に興味が出てきた頃かなとは思っていたんだけど、アイドル業に加え、目指すのは役者業よりも"司会業"だと言い切った時には正直「えっ、アイドルなのに司会業なの?  マジで?」とビックリ仰天したものよ。当時はそんなアイドルいなかったし、てっきり「中居さんのジョーク」だと思ってたぐらい。

 まだ森且行くんが在籍していた頃のこと。とにかく中居さんと森くんは仲良しで、今じゃ全く考えられないけど、スタジオの床に2人でゴロゴロ寝転がってゲームの話をしたり、キャッキャキャッキャやっててね。何度「静かに~」と注意しても聞いちゃいなくて、いっつも2人でイチャイチャ大騒ぎ。ね~ね~そんな姿、信じられる?  想像できる?  当時から"スマ愛"は誰よりも深かったけど、あの中居さんも普通のヤンチャな少年だったのよ。

若かりし日のSMAPたち
 そういう意味では木村拓哉さんや稲垣吾郎くんは、あまり印象的には変わってないのかも。木村さんは若かりし頃から眼光鋭くちょっと仏頂面で取材現場に来たりするんだけど、いざインタビューが始まるとまぁよくしゃべってくださって、時間オーバーは当たり前。なかなか止まらないの。

 でもね、初めて木村さんの取材を受け持つ時はみんな手に汗握るのよ。新人なんて誰でも一度は木村さんにビビるんだけど、そこでビビりまくっちゃダメなわけで、いわば木村さんは取材の"登竜門"的存在とでも言うか、木村さんに真正面からぶつかっていければ「まぁ一人前の記者」として認定される感じかな。木村さんが発するオーラはスーパークールなんだけどどこか温かくて、とはいえなかなかスリリングで冷や汗タラーリなのよね。

 さてさて、吾郎ちゃんも一見クールに見えるけど、彼もまた誰よりおしゃべり上級者。何よりボキャブラリーが豊富で上品なこと。ファッションも若い頃から黒や紺、グレーといったシックな色合いのブランド品に身を包み、手触りのよいものを選んでたっけ。「襟がないと何だか頼りない。ハイネックが好き」が合言葉。ただし、あの優雅な言動で人々を魅了するエレガンス吾郎ちゃんが、かつては"瞬間湯沸かし器"と呼ばれていたことを皆さんはご存知かしら?  オホホホ。喜怒哀楽のあるそんな人間くさいところが何とも素敵な人なのよね。

 草なぎ剛くんも最初からイメージ変わらずで、癒し系の本物のいいひと。でも香取慎吾くんといる時はいきなりやんちゃ坊主の顔になるんだから笑っちゃうわ。"しんつよ"コンビは永遠ね。人一倍デリケートで優しい芸術家肌の慎吾くんはある意味、一番大きく変化を遂げた人なのかも知れないわ。10代の頃は無邪気にケラケラ笑っていたけれど、いつしか落ち着いた大人の男性になっていって。シャッターをガシャンとおろす時もあるけど、でも時にひょいっと少年っぽさが顔を出すでしょ。大人と子どもを行ったり来たりでその危うさも魅力の一つだし、慎吾くんに何度も何度も心救われたなぁ。

 普通の少年だった彼らが、気づけばいつしか国民的アイドルへと上り詰めて。悲喜こもごもありとあらゆるいろんなことがあったけど、でもいつどんな時もピンチをチャンスを変えていったし。途中からはとても追いつけなくてチンタラ追うしかなかったけど、本当にいろんなことを教えられたなと感謝するばかり。エンターテインメントのプロとしての佇まいを見せてくれたのも彼らだし、アイドル像を広げて高みへと連れて行ってくれたのもSMAPだしね。

 絶対に終わるはずがないと信じて疑わずにいたのに2016年の年末、無念にも解散となった時には、心の準備は出来ていたはずなのに「やっぱり信じたくない」という思いにかられて……。「何で」という理不尽な思いをどこにぶつければいいのか、持って行き場がなくてね。

 あれから早3年、新しい地図として活動を始めた3人はいつ会っても「今が一番。一番楽しいよ」と常に前向きに歩んでいて、もう心強いったらありゃしない。次の言葉は3人のうちのひとりがアツに話してくれたものなんだけど、誰だかわかるかしら?

「人生に無駄な経験なんて一つもないんだって。結果は自分次第だし何事も楽しんでいかなくちゃ。人を恨んだりしちゃダメ。人を傷つけたりしちゃダメだよ。全部、自分に跳ね返ってくるんだから。図らずも自分を見つめ直す時間が持てたことはラッキーだったし、今は感謝しかないよ。相手を思いやれるような人間になりたいし、そのためにはどんな時も心に余裕を持っていないとね」

 3年の間、新しい地図の3人にもらった言葉は今まで以上の重みがあったし、新しい道は決して間違っていなかったんだなと感心するばかりよ。中居さんも新しい世界へと旅立っていかれるわけで、こっちが「寂しい」なんて言ってる場合じゃないんだけど、修行が足りず、まだなかなか気持ちの整理がつかない毎日です。ぺこぱみたいに「時を戻そう」が出来たらいいのに~!

  あ、でもね。かつて中居さんを占ったことがある有名占い師さんが「中居さんは人生最期までずっと上り調子」なんて言ってたのよ。だから「のんびり」している時間はないかもね。本当は今まで飛ばしまくってきたんだから、少しはのんびりする時間があるといいなと思うんだけど……。どんな感じになることやら。

 ここに来て3年後のまたもやの「スマロス」を経験するとは思いもしなかったけど、桜咲く中居さんの新たなる第一歩を祝しつつカンパーイ!  とはいえ心ザワザワはまだ当分、ちょっと続きそうよ。皆さんはどんな思いを抱えていらっしゃるんでしょうか?  あ~あ、今夜は久しぶりに『君色想い』でも聴いて寝よっと。

最終更新:2020/03/15 05:30
ページ上部へ戻る

配給映画