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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】Vol.570

ドイツの鬼才監督が描いた“どん底”が放つ美しさ 実録映画『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』

娼婦ばかりを狙った、実在の連続殺人鬼を主人公にしたドイツ映画『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』。殺人現場がリアルに再現されている。

 扉を開けると、そこはこの世界のどん底だった。異様な光景が待ち受けているが、そこから目を離すことはできない。ファティ・アキン監督の新作『屋根裏の殺人鬼 フリッツ・ホンカ』(英題『The Golden Glove』)は、ドイツに実在した連続殺人犯の実像に迫るショッキングさと現実世界をしっかりと見つめようとするアキン監督の力強い目線が同居する力作となっている。

 フリッツ・ホンカは1935年にドイツのライプツィヒで生まれた。共産党員だった父親は戦時中に強制収容所を経験し、生還後はアルコール依存症となり、幼いホンカは暴力まみれの生活を過した。母親が育児放棄したため、ホンカは施設に預けられ、16歳のときに東ドイツから西ドイツへと逃亡し、ハンブルクに定着。だが、交通事故に遭ったことから、鼻が曲がってしまう。映画『屋根裏の殺人鬼』は容姿にコンプレックスを持つホンカが屋根裏部屋へと女たちを誘い込み、次々と殺害した1970年~74年にフォーカスを絞っている。

 ホンカのターゲットとなったのは、ハンブルクの有名なバー「ゴールデングローブ」に夜な夜な集まる娼婦たちだった。ホンカは気に入った女性客を見かけると酒を奢ろうとしたが、多くの女性はホンカの顔を見ると断った。ホンカの酒を喜んで飲み干すのは、仕事にあぶれ、泊まる先のない年嵩の娼婦たちだった。

 一説によると、ホンカはオーラルセックス中に男性器を噛みちぎられることを恐れ、歯のない娼婦を好んだとも言われている。かくしてホンカのお眼鏡にかなったベテラン娼婦は、ホンカが暮らす低家賃アパートのさらに狭い屋根裏部屋へと連れ込まれた。運が良かった女性はホンカからひと晩殴られただけで部屋から帰ることができ、運が悪かった女性は首を絞められ、ノコギリで体をバラバラにされた上に、物置に長年にわたって放置された。街の人たちは年老いた娼婦が消えてしまっても、誰も気に留めることはなかった。

 ホンカの犠牲者となった40~50代の娼婦たちは、第二次世界大戦中や戦後の混乱期に青春時代を送った世代だ。犠牲者のひとりは、強制収容所内にあった収容者向けの売春宿で働かせられていた過去の持ち主だった。戦争が終わっても、おそらく真っ当な仕事には就けなかったのではないだろうか。社会の底辺を這うように生きる女性たちを、やはり社会の底辺でコンプレックスを抱きながら生きている殺人鬼が襲いかかる。どこにも希望も救いもない、悲惨さを極めた物語である。

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