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深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.564

若者は退屈さから逃げるために戦場へ向かった! 新技術が生んだ新しい映画『彼らは生きていた』

人気監督のファミリーヒストリー

最前線から数キロ離れた後方では、休日を謳歌する兵士たちの姿があった。ボーイスカウトのキャンプのような陽気さが感じられる。

『ロード・オブ・ザ・リング』三部作で大成功を収めたピーター・ジャクソン監督だが、『ロード・オブ・ザ・リング』の原作者であるJ・R・R・トールキンは第一次世界大戦にイギリス陸軍として従軍している。このとき、トールキンは23歳の若さだった。トールキンの伝記映画『トールキン 旅のはじまり』(19)は、トールキンの戦場での悲惨な体験と無二の親友たちとの別れを描いていた。第一次世界大戦の戦場が、その後のファンタジー作品に多大な影響を与えた『指輪物語』の原風景だったことが分かる。

 さらにもうひとつ。ピーター・ジャクソン監督はイギリスからの移民一家として育っているが、祖父はイギリス軍として第一次世界大戦に従軍していたそうだ。100年以上昔の戦争で何があったのかを理解することは、『ロード・オブ・ザ・リング』の世界観を補完する作業であり、ピーター・ジャクソン監督にとってはNHKの人気番組『ファミリーヒストリー』に出演するくらい大切なことだったのだ。

「007」シリーズのサム・メンデス監督の劇映画『1917 命をかけた伝令』(2月14日公開)も、最新の小型カメラを駆使することで第一次世界大戦の緊張感を伝える作品となっている。サム・メンデス監督の祖父もやはり第一次世界大戦の体験者だった。19歳でイギリス軍に入隊した祖父は小柄で、塹壕内を走ることが得意だったことから、伝令役を任されていたそうだ。狭い島国を飛び出し、広い世界への冒険に憧れるイギリス人のそんなメンタリティーが、ジェームズ・ボンドを生み出したのかもしれない。

 第一次世界大戦を題材にした映画では、ニュージーランドのお隣・オーストラリア出身のピーター・ウィアー監督が撮った『誓い』(81)も有名だ。若き日のメル・ギブソンが主演した『誓い』はトルコ軍とオーストラリア・ニュージーランド連合軍が激突した「ガリポリの戦い」を描いている。宗主国イギリスに求められて参戦したオーストラリアとニュージーランドは、この戦いで多くの若者を失った。ガリポリへの上陸日はオーストラリアとニュージーランドでは記念日となっており、日本人にとっての「8月15日」と同じように両国民の精神性に深く関わっている。

 大団円で終わった『ロード・オブ・ザ・リング』とは異なり、このドキュメンタリー映画の終わりはとても苦い。ようやく戦争が終わり、若者たちは故郷へと帰還する。土嚢を並べた冷たい寝床ではなく、実家の暖かいベッドでぐっすりと眠ることができるはずだった。だが、長い旅を終えて帰国した彼らは母国のために勇敢に戦ったにもかかわらず、歓迎されることはなかった。戦地から離れた母国で平和に過ごしていた家族たちは戦争の話題を避けたがり、帰還兵という理由で就職はうまく進まなかった。腫れ物に触るような態度で、周囲は彼らに接した。

 退屈な日常から抜け出すための冒険に繰り出した彼らは、厳しい戦場で友情を育み、タフな大人へと成長した。だが、その代償はあまりにも大きすぎた。第一次世界大戦からわずか21年後には、より規模が拡大し、さらに最新のテクノロジーが投入された第二次世界大戦が勃発する。

 スクリーンの中の彼らは、すでにこの世にはいない過去の存在なのだろうか。いや、そうではない。トールキンは戦場から生還することで『指輪物語』を執筆し、物語の中で親友たちとの友情を語り継いだ。ピーター・ジャクソン監督もサム・メンデス監督も祖父が生き延びたことで生を受け、家族の血が流れる映画を撮り上げた。スクリーンの中に彼らは今も生き、そして現代を生きる我々に大切な物語を語ろうとしている。

(文=長野辰次)

『彼らは生きていた』
製作・監督/ピーター・ジャクソン
配給/アンプラグド  R15+ 1月25日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
(c)2018 Warner bros. Ent.  All Rights Reserved
http://kareraha.com
※Amazon Prime Videoにて『ゼイ・シャル・ノット・グロウ・オールド』(字幕版)として現在配信中

『1917 命をかけた伝令』
監督・脚本/サム・メンデス 脚本/クリスティン・ウィルソン=ケアンズ 撮影/ロジャー・ディーキンス
出演/ジョージ・マッケイ、ディーン=チャールズ・チャップマン、マーク・ストロング、コリン・ファース、ベネディクト・カンバーバッチ
配給/東宝東和 2月14日(金)より全国ロードショー
https://1917-movie.jp

最終更新:2020/01/04 16:00
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