消耗品ではない、アニメーションの豊かな可能性 新作『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』
#パンドラ映画館 #この世界の片隅に
異例のロングランヒットを記録し、現在も地方での上映が続いている片渕須直監督の劇場アニメ『この世界の片隅に』の公開スタートから3年。2時間9分あった上映時間が2時間48分に増え、再構成されたのが『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』だ。新シーンが加わったことで、すでに『この世界の片隅に』を観ている人も新しい解釈が楽しめる、新作映画となっている。上映時間は長くなったが、決して冗漫さは感じさせない。
広島市出身の漫画家・こうの史代が2007年から09年にかけて「漫画アクション」(双葉社)で連載した『この世界の片隅に』は、広島市の海苔農家で育った平凡な女の子・すずが軍港として栄えた呉市へと嫁入りし、戦争のさなかに自分の居場所を築いていく過程を描いたもの。片渕監督は時代考証に徹底的にこだわり、戦時下におけるリアルな日常アニメという特異なジャンルに仕立ててみせた。高畑勲監督の薫陶を受けた片渕監督ならではの労作だった。
情報量の多い原作コミックをぎゅっと凝縮したようだったオリジナル版『この世界の片隅に』だったが、カット数が増えたことで、絵を描くこと以外は何の取り柄もない新妻・すず(声:のん)の慎ましい日常生活が、より穏やかでユーモラスなものとなった。原作のダイジェストではなく、劇場アニメとしての独自のリズム、独特のコクのようなものが生じているように感じられる。
オリジナル版とのいちばん大きな違いは、白木リン(声:岩井七世)をめぐるエピソードが大幅に増えた点だ。オリジナル版では割愛されていたが、遊郭に勤めるリンとすずの夫・周作(声:細谷佳正)との間には、かつて男女の関係があったことが明かされる。すずとリン、すずと周作との関係性は、オリジナル版に比べて大きく変わることになる。周作はリンとの結婚を考えていたことをすずは知ることになり、自分はリンの代用品なのかと周作への怒りの感情をたぎらせる。おっとりした印象が強かったすずだが、内面では激しい感情の起伏があったことが分かる。
周作をめぐって三角関係にあるものの、すずは幼年期を一緒に過ごしたような懐かしさを感じさせるリンのことは憎めずにいる。嫁ぎ先での自分の居場所、役割を探し続けるすずに対し、リンは「子どもでも、売られてもそれなりに生きとる。この世界に居場所はそうそうのうなりゃせんよ」という言葉を投げ掛ける。貧しい家に生まれ、体ひとつで生き延びてきたリンだからこその台詞だ。すずとリンだけでなく、リンと同じ遊郭で働くテルちゃん(声:花澤香菜)とも、すずは束の間のガールズトークを咲かせることになる。
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