撮影現場でいまだに暴力、日本の映画産業ではハラスメントが絶えない/深田晃司監督インタビュー
『淵に立つ』(2016年公開)で第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査委員賞を受賞するなど国際的に高く評価されている深田晃司監督が、映画の撮影現場におけるハラスメントに関するステートメントをツイッターに投稿し、話題となった。
先月、深田晃司監督は<突然ですがハラスメント等についての覚書のようなステートメントを書きました。企業なら会社の公式サイトに理念として掲げられますが、私は個人の映画監督ですのでSNSの場を活用させて頂きます。突然と書きましたが、本当はもっと早く書きたいと思っていました。気持ちとしては結構切迫してます>というコメントとともに以下の画像をツイートした(画像の下にステートメントの書き起こしを載せておくのでご参照を)。
以下は、ハラスメント等についての覚書のようなステートメントです。
映画作りを中心とした映像の仕事に関して、私(深田晃司)が私自身に課す心構えであり、また共に仕事する仲間に期待する心構えです。
・年齢や経験値に関わらず他者を一個の人格として尊重しながら行動します。
・映画の撮影現場において殴打などの暴力で感情を発散しません。またそれらの行為に対し教育的意義を認めません。
・一緒に映画を作る同僚を激しい口調で罵倒すること、怒鳴ることをしません。「愛があれば大丈夫」「あなたのためを思って言ってる」という言葉も忌避します。それは指導でも教育でもなく、マウンティングと考えます。もちろん指導は必要です。それがどこから「罵倒」「威圧」になるのか、線引きは曖昧ですが、その曖昧さを逃げ道にせず、常に相手の心を傷つける可能性を意識します。もし傷つけてしまったときはまずは謝罪し、傷つけた相手の回復のために何ができるかを考えます。
・個人的な創作への意気込みや覚悟、人生観を他者に強要しません。
・映画のクオリティを上記の行動の言い訳にしません。仮にそれによって映画のクオリティが上がったとしても、それらはドーピングで得られた結果と同様のものと考えます。
・自分の立場を利用して相手の心身を服従させません。特に監督やプロデューサーのような立場のある人間が、自分よりも立場の弱い、年の離れた若い俳優やスタッフに対し、キャスティング、スタッフィングに関わることのできる強い立場を誇示しながらコントロールしようとすること、特に性的な関係や男女の付き合いを求めることはあってはなりません(ただし自由恋愛まで否定はしません。ただ、自身の持つ種々の権力に十分に慎重でなくてはなりません。その立場を自覚的あるいは無自覚を装い利用するような行動を忌避します)
・上記、当然私自身も強く自戒しなければなりませんが、私との映画作りに今後関わるプロデューサーの皆さんにも同じ態度を求めます。私は個人的な縁故から俳優やスタッフを決めることはありません。最終的にはすべて資質と人柄で判断します。
・仮に私の名前の持つ微々たる名声や、私の未来の映画が持つキャスティング権、スタッフィング権がセクシャルハラスメントに利用されていたことが明らかになった場合、そのスタッフ、プロデューサーとの仕事を取りやめます。
・ただし、風評のみで判断しません。当事者含む関係者への十分なヒアリング、調査を行ったうえで私自身の責任で判断します。
・以上の内容を、今後私自身の経験やリテラシーの向上に合わせて常に更新していきます。
深田晃司監督は以前より映像業界における撮影現場の労働環境の改善を訴えており、2012年には映画文化の多様性を育むためのNPO法人・独立映画鍋を有志と立ち上げて情報発信などに努めてきた。なぜ、敢えて今回このようなかたちでステートメントを公表したのか。その背景について話を聞いた。
深田晃司
1980年生まれ。東京都出身。2010年に『歓待』で東京国際映画祭「日本映画・ある視点」作品賞を受賞。2016年には『淵に立つ』で第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門審査委員賞を受賞した。最新作は2019年の『よこがお』。2012年には映画文化の多様性を育むためのNPO法人・独立映画鍋を有志と立ち上げ、代表を務めている(土屋豊監督との共同代表)。
映像業界におけるパワハラ・セクハラ
──なぜ今回このような文章を公表されたのですか?
深田晃司(以下、深田) もともと自分が21歳とか22歳とかでこの業界に入ったときは、殴られたり蹴られたりというのが日常化していました。そういった体験がきっかけで、10年ぐらい前から現場の労働環境の改善に関して考えたり発言したりするようになりました。
──ちょっと待ってください。撮影現場では普通に暴力があるんですか?
深田 もう15年ぐらい前の話ですけど、私の場合は予算5億円ぐらいかかっている比較的大きな規模の映画に装飾助手として入ったとき、同じ装飾助手の先輩から殴られたり蹴られたり、あと、ミスをしたときに走ってきてそのままドロップキックされたりしました。
──21世紀に入ってもそんなひどいことが。
深田 他にも、監督がスタッフを殴るとか、みんなの前で激しく叱責するとか、女性スタッフに対しての性的なからかいが横行しているとか、撮影現場におけるハラスメントの実例は、もう挙げていったらキリがないですね。
──過酷な労働環境だと思ってはいましたが、想像以上に旧時代的です。
深田 それでも昔よりはましになったと思いますが、そういった問題はいまでも決してなくなってはいません。この間も、テレビドラマの撮影で一緒に仕事をしたスタッフから「去年、撮影現場で美術スタッフから殴られた」という話を直に聞いたばかりです。
自分の現場ではもうそういったことはないはずですが、私の周囲にないだけで、話を聞いていると、映像業界において暴力やひどいハラスメントの問題はまだまだ存在していますね。
──未だに。
深田 これが一般企業とかある程度まとまった組織であれば、ハラスメントの防止策であったり、労働環境の改善といった取り組みがしやすいわけですが、映像業界というのはフリーランスの集まりです。
作品ごとにスタッフも俳優も違うし、そういった意識を共有する機会をつくることは難しい。
そこで、これから私と一緒に仕事をする人や、これから仕事をしてみたいと思ってくれている人に私の考えを伝えるのには、SNSにあげるかたちが一番手っ取り早いかなと思って、こうしたツイートをしてみました。
日本の映画業界で長時間労働が起きる理由
──暴力を当たり前に振るう現場で、映画が制作されている。
深田 こういった状況は、そもそも人権的にも大問題ですが、それとはまた別に、映像業界の未来を考えるうえでも由々しき事態だと思います。
日々、多くの若者が夢をもって映画の世界に入ってきますが、こういった現場の状況に耐えきれずに辞めていってしまうケースをよく耳にします。
──まあ、そうなりますよね……。
深田 いまの映画業界は、親が子どもを安心して送り出せる業界ではないです。
──ちなみに、アメリカやフランスの映画業界では労働組合がきちんと機能していて、労働時間の上限を守ることに関してかなり厳格なルール運用がなされているようですが、日本ではそのあたりどうなっているのでしょうか?
深田 日本では労働時間に具体的な制限を設ける流れはないです。これも非常に大きな問題だと思います。
──やはりそうでしたか。
深田 とはいえ、自分の現場では「長時間の徹夜撮影はしない」とかルールを決めてある程度の時間で終わらせるようにはしてはいるものの、それでも胸を張って言えるほど短いわけではないので心苦しいですが……。日本の撮影現場では長時間労働がかなりありますね。
──長時間労働が起きる背景には、撮影日数が短いという問題もあると思うのですが、日本の映画業界は他の国と比べるとどうなのでしょうか。
深田 予算とか内容によって変わってくるので一概には言えないですけど、自分の映画の場合は長編1本つくるのに3週間前後の撮影期間をとります。これは主に予算の問題なので、もっと長い撮影期間でつくることができる監督もいらっしゃいますけど、ただ、この3週間前後というのは比較的よく聞く数字です。
しかし海外では概ねもっと長いです。
この間、モロッコで30代前半ぐらいの若い女性の監督と話したとき、彼女は初監督作品を撮ったばかりなんですけど、その作品は6週間だったそうです。それで自分は3週間でつくっている話をしたら「私は6週間でも足らなかったのに」と苦笑いされました。
イタリアの映画監督に聞いたときは、最低でも5週間だけれども、5週間だと残業代が発生して最終的に高くつくからプロデューサーに6週間もらえるよう交渉しているなんて言われましたね。
台湾でも大体平均が8週間と聞きましたし、そういった諸外国の話を聞くと、いかに3週間という数字が短いかですよね。
──その撮影日数の短さでは、一日の労働時間を長くして、かつ急いで撮らなければ間に合わないですよね。そういった職場環境によるストレスがハラスメントをまん延させる原因のひとつという面もあるのではないでしょうか?
深田 そういう面はあるでしょうね。人間、疲れてきたらそのストレスを暴力だったり暴言で発散しようとしますから、ミスを注意するのにもついつい荒くなったりする。
あと、そもそも長時間労働は事故の原因のひとつにもなります。十分な休養をとれていない状況ではどうしても注意力が散漫になりますから、撮影中に事故を起こす危険性が増します。
──睡眠不足で体力勝負の現場作業は危ないですよね。
深田 この議論に関しては、日本人の労働に対する向き合い方が問われていると思っていて。
いい作品をつくるためならと、限度を超えて頑張ってしまう傾向が私たちにはありますけれど、実はその意識から変えていかなくてはいけないかもしれない。
海外の映画関係者と話していると、そのあたりの考え方が全然違うんです。
──というと?
深田 映画をつくるために人を殺しちゃいけないとか、犯罪をしてはいけないということぐらいは、みんな理解しているじゃないですか?
海外の映画関係者はそれと同じレベルで、スタッフの睡眠時間を奪ってはいけない、家族と共に過ごす時間を奪ってはいけない、撮影の後に映画を観る時間を奪ってはいけないと考えるのが基本的な価値観なんですよ。
彼らはそれぐらいの覚悟をもって労働時間の上限を守ろうとしている。
映画『よこがお』(©2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS)
日本映画界の構造的な問題
──結局のところ、潤沢な予算があって、もっと余裕のある撮影現場をつくることができれば、職場の環境もよくなってくるし、ハラスメントの問題も少なくなってくると思うんです。
でも、日本の映画業界では様々な理由から、そういった状況をつくることができていないというわけですか。
深田 まず、映画をつくるうえでのお金の集め方を簡単に説明しますと、その方法は3種類しかないんです。
ひとつは、映画会社や民間企業からのファンド。もうひとつは、民間からの寄付。そして最後は公共の助成金。
だいたいこの3つの組み合わせで成り立っています。
アクションやラブコメ映画などの娯楽性の高いいわゆる「ジャンル映画」ではビジネスとしてお金を集めることがしやすいわけですが、商業性よりも作家性を優先する映画ではそういった集め方をすることが容易ではないので寄付や助成金での補助が大事になってくる。そうやって映画の多様性が成り立っています。
──民間からの寄付というのもあるんですね。
深田 アメリカではこれが盛んですね。アメリカでは民間からの寄付が出やすいように法律を整えていて、寄付をすると税金の控除を受けられる仕組みがあります。
それにより、公的な助成金は少ないけれど、映画の多様性がそれなりに担保されている。イギリスも似た状況にあります。もちろんそれでもインディペンデント作家は大変だとは聞きますが。
──公共の助成金に関してはどうでしょうか?
深田 これは、フランスや韓国との比較で見るのが分かりやすいと思います。
2015年度のデータですが、日本の文化予算は1038億円で国家予算額に占める割合は0.11%でした。
それと比較してフランスは4640億円もあり、国家予算額に占める割合は0.87%です。
韓国の予算額は2653億円ですが、国家予算額に占める割合は0.99%にもおよびます。
とりわけ映画に使われている予算を比較すると、日本の文化庁では約20億円、韓国のKOFIC(韓国映画振興委員会)では約400億円、フランスのCNC(フランス国立映画センター)では約800億円になります。
──ずいぶんな差がありますね。
深田 文化予算の話をすると、世間から「あんたらはすぐに『金をくれ』と言う」なんて指摘されるんですけど、欧米並みにきちんともらったうえでそれでも「金をくれ」と言って批判されるのなら分かりますが、そもそもまともにもらっていないのだから、「求めてなにが悪いんだ」という気持ちはありますね(笑)。
──でも、どうしてフランスや韓国はそんなに手厚い支援があるんですか。
深田 それは、文化予算のみに頼らず、劇場のチケット代から一部徴収し業界に還元する仕組みになっているからです。
フランスでは10%、韓国では3%を興業収入から税金として取り、それを再分配しています。
ヒット作品が稼ぎ出したお金の一部が業界全体に流れることによって、様々なタイプの映画がつくられる環境が生まれています。
──それならば、映画ファンの使ったお金が「映画文化の豊かさ」というかたちで返ってくるわけで、両者ともにメリットですね。
深田 以上のような事情により日本の場合は、寄付にも助成金にも頼れないという状況です。だから興業収入のみによって市場原理主義的にビジネスを成り立たせなくてはならない。
──それでは大作エンターテインメント映画でなければペイできないし、政治や社会問題を描いた硬質な作品や、芸術性・作家性が強く出た作品はつくりにくいのではないでしょうか。
深田 しかも、日本映画には「日本語で話されている」という大きな枷がある。英語圏や中国の映画と比べどうしたってマイノリティなので、そもそもの観客数にも大きな違いがあります。吹き替えによる翻訳がしやすいアニメ作品はまだしも実写作品はなかなか大きな海外市場は期待できない。
──日本語話者の数は1億3000万人ほどですから、どう頑張っても上限があるわけですね。
深田 問題はまだあります。
外国映画を除いた日本映画の市場の8割を、東宝、東映、松竹といった大手映画会社が寡占している状況です。
しかも、アメリカでは80年前に独禁法で禁止されている「大手映画会社が広範な映画館チェーンをもつ」ことが未だに許されている。
──東宝のTOHOシネマズ、東映のT・ジョイ、松竹のMOVIX、3社とも映画館チェーンを展開しています。
深田 チェーンの規模には大小がありますし、それが独占的な規模や性質を有していなければまだ良いのですが、独禁法が適用された当時のアメリカでは、ハリウッドの市場の8割を大手五社が独占していることが問題視されたことを思えば、今の日本はもっと酷いとも言える。アメリカではそうやって市場が独占的にならないための努力をしているのに比べ、日本では助成金も寄付も少ないのに、市場の競争の平等を保つような仕組みづくりさえなされていない。
ちなみにフランスではもっと進んでいて、地上波テレビで映画のCMを流すことが禁じられています。
──日本では製作委員会にテレビ局が名を連ねた大作映画のCMが地上波でじゃんじゃん流れていますね。
深田 こういった状況がすべて放置され、「大手ショッピングセンターのひとり勝ちで周囲の商店街はシャッター通り」といった状況になっているのが、現在の日本映画界です。
映画『よこがお』(©2019 YOKOGAO FILM PARTNERS & COMME DES CINEMAS)
日本映画界はどうするべきか?
──こうした状況を変えるにはどうしたらいいのでしょうか。
深田 フランスや韓国が成功している背景には、フランスならCNC、韓国ならKOFICという映画振興に関する仕事をする公的な組織があります。
しかし、日本にはこのようなものはありません。これは早急になんとかすべきだと思います。
というのも、そういった組織がないと、行政機関が映画に関する施策を打とうとしても、業界の抱えている問題やニーズをきちんとそこに反映させていくことが難しいからです。
文化庁にせよ、経済産業省の悪名高いクールジャパン政策にせよ、各省庁もそれなりに映画を支援はしようとしてくれているけれども、そもそも業界がバラバラの状況だと「どこで誰の話を聞けばいいの?」となってしまいます。
もっと映画界からも声を届ける努力をするべきで、それが不足していたのは映画人の責任だと思います。行政にもそうですが、まずは「なぜ映画の多様性を公的支援で支える必要があるのか」、映画や文化の公的価値をきちんと言葉にして納税者に対して伝えていかないといけません。そういった発想がこれまでの日本映画界には決定的に欠けていました。
──なるほど。国も一応頑張って文化を支援しようとしてはいるんだけど、映画の専門家ではないお役人にはどこにお金をかければいいかよく分からないので、結局はわけもわからず吉本興業にお金が流れていく、みたいな構図があるわけですね。
深田 そういうことになってしまっているんだと思います。
お金をかければいいというわけではないですけれど、お金がないとそもそも豊かな文化はなかなかつくることができない。
「お金がなくてもやる気さえあればなんでもできるじゃないか」なんて言うのは、竹槍で戦争に勝とうとするのと同じですよ。
根性でなんとかできる、大和魂さえあればなんとかできるという太平洋戦争中の発想と同じなので、意味がないと思います。「貧乏でも頑張れ」と言ってしまうと結局、貧乏に耐えやすい環境にいる人、例えば東京に実家があるとか実家が裕福だとか他に収入があるとかヒモになれる才能があるとか、そういった人が優位に立って映画とは関係ないところで勝負が決まっていくことになる。
──「根性」でなんとかするしかない状況のなか起きているのが、長時間労働であり、スタッフへの暴力、ハラスメントですよね。
深田 とにかく、映像業界には解決しなければいけない問題が多すぎて、どこから手をつけていったらいいか分からない。
ただ、だからこそ、変えがいがあるとも言えるのかもしれませんけどね。
(取材、構成:編集部)
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