望月衣塑子記者は、なぜ“アウトサイダー”なのか? 報道の不自由さをもたらす元凶を徹底究明!
#映画 #森達也
「i」であることの大切さ
――望月記者は東京新聞社会部の記者であり、全国紙の政治部記者たちが詰める官邸の記者クラブではアウトサイダー。それゆえに菅官房長官に対して食い下がることができるものの、記者クラブでは浮いた存在となっている。
森 それは確かですね。やっぱり感じるのは望月さんのメンタルの強さです。でも映画を観ればわかるけれど、決して強いだけの女性ではない。ならばなぜ彼女は、会見の場でこれほどに強いのか? 政治権力やほかの記者たちの冷たい視線に屈さないのか? それはこの映画のテーマにつながる部分です。
――東京新聞以外の他社の記者たちを取材しようとは、森監督は考えなかったんでしょうか?
森 まったく考えませんでした。他社の記者も取材したほうがよかったと思いますか? だってほかの記者たちがどんなリアクションするのか、想像つくでしょう。『FAKE』のときも、佐村河内さんだけを密着取材するのではなく、ゴーストライターを務めた新垣隆さんやスクープ記事を書いた神山典士さんをもっと取材するべきだと言われましたが、僕にはその気がまるで起きませんでした。興味が湧かないのならカメラは向けません。
――『i 新聞記者』もそうですが、森監督は著書『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮社)や『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)でも、一人称単数で語ることの大切さを主張していますね。
森 当たり前のことだと思うけれど、「考える」という述語の主語は、「私」や「僕」などの一人称単数です。「我々」ではない。「怒る」「笑う」「泣く」。ぜんぶ一人称単数です。テレビ番組でも、よくありますよね。「我々は、現場に飛んだ……」みたいなナレーション。「我々」ではなくディレクターの「私」でいいはずだと、ずっと思っていました。主語は大切です。なぜなら述語が変わる。さらにジャーナリズムにおいて最も大切な現場性は、主語は一人称単数にすることで発動するはずです。「我々」など曖昧な複数、あるいは自らが帰属する社や局などの組織を主語にするのなら、視聴率や部数などの市場原理、スポンサーの意向、組織の立場や政権との関係、リスクヘッジや社内規定など、現場にとって余計な要素がより大きな障害となってしまう。
河村 望月記者だけが日本では注目を集めているけれど、会見の場で突っ込んで質問するのは海外では普通のことですし、その質問にきちんと答えるのも当然のこと。日本のジャーナリズムの現場では、当たり前のことがなされていないんです。でも、誰もこの問題には触れようとはしない。誰もやらないから、私が映画をつくろうと考え、そして森監督に呼び掛けた。それだけのことなんです。忖度し、同調圧力化し、萎縮してしまっている社会が怖いんです。「私」はどうするべきか考えてほしいし、もっと多くの「私」が現われてほしい。
(後編へ続く/取材・文=長野辰次、撮影=名鹿祥史)
『i 新聞記者ドキュメント』
監督/森達也 企画・製作・エグゼクティブ・プロデューサー/河村光庸
出演/望月衣塑子
配給/スターサンズ 11月15日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(c)2019 「i −新聞記者ドキュメント−」製作委員会
https://i-shimbunkisha.jp
●森達也(もり・たつや)
1956年広島県生まれ。92年にテレビドキュメンタリー『ミゼットプロレス伝説 小さな巨人たち』でディレクターデビュー。テレビドキュメンタリーとしてオウム真理教の信者たちを取材した『A』は所属していた制作会社から契約解除を通告されるも、同作は98年に劇場公開された。2001年に続編の『A2』を公開し、山形国際ドキュメンタリー映画祭で審査員特別賞・市民賞を受賞。11年には綿井健陽、松林要樹、安岡卓治らとの共同監督作『311』を発表し、賛否を呼ぶ。16年に公開された『FAKE』も大きな話題に。著書に『放送禁止歌』(光文社)、『オカルト』(角川書店)、『下山事件(シモヤマ・ケース)』(新潮社)、『虐殺のスイッチ』(出版芸術社)など多数。
●河村光庸(かわむら・みつのぶ)
1949年東京都生まれ。89年にカワムラオフィス、94年に青山出版を設立。98年にはアーティストハウスを設立し、映画への出資・配給を始める。『ブレアウィッチプロジェクト』(99年)などの日本配給を手掛けた。2008年に映画配給会社「スターサンズ」を設立。韓国のインディペンデント映画『息もできない』(08年)を大ヒットさせたほか、エグゼクティブ・プロデューサーを務めた『かぞくのくに』(12年)、企画制作を担当した『あゝ、荒野』(17年)は国内の映画賞を総なめ。新井英樹原作コミックの実写化『愛しのアイリーン』(18年)、『宮本から君へ』も過激な描写で大反響を呼んだ。
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