小説から始まり、映画、ゲームまで…世界的人気を誇る新金脈! 急速に広がる“中国SF”の世界
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宇宙的スケールの壮大な仕掛け
さて、このたび刊行された『三体』。物語は、主人公の女性天体物理学者・葉文潔が、少女時代に60年代からの文化大革命の混乱の中で父親を殺されるエピソードから始まる。人間の愚かしさに絶望した彼女は、辺境の軍事基地に赴任するのだが、そこで宇宙から送られてきた謎の信号を受信することになる。
一方、現代。ナノマテリアル開発者の汪淼は、「三体」という超現実的なVRゲームの世界に招かれる。そこでは、3つの太陽を持ち、恒紀という比較的平穏な気候の時代と、乱紀という厳しい気候の時代が、規則性を持たずに入り乱れて、文明の発生と滅亡が繰り返されていた。「三体問題」とは、3つの星が引力で引き寄せ合うと、どういう動きを示すかという物理学上の命題で、その解法は地球人の物理学でもいまだに解明されていない……。
これ以上のネタバレは未読の読者の興を削がないように差し控えるが、全宇宙的なスケールの物語の中に、最新の科学技術から中国の古典までが織り込まれた物語は、一度読んだだけでは理解しきれないくらいの奥深さである。
書評家で翻訳家の大森望氏は、中国語は専門ではないが、英訳と中国語の原文を参照しながら、最新のSFに相応しい日本語にするという、本作の翻訳の中心的な役割を果たした。大森氏が言う。
「中国SFの邦訳では、80年にサンリオSF文庫から出た老舎の風刺小説『猫城記』のような例もありますが、本格SFの長編に限れば『三体』が初めてでしょう。でも、これが中国SFの典型かというと、必ずしもそうではない。今の中国SFで、劉慈欣はやはり突出した存在だと思います。『三体』が世界的に大成功したことで、他の作家も「『三体』みたいなのを書いてくれ」と言われるみたいですが、なかなか書けるものではない。劉慈欣は、最新の科学技術や宇宙論、量子論を取り入れながら、ものすごくぶっ飛んだことも平気で書く。『三体』の最後のほうに出てくる、ある秘密兵器的なものとか。ほとんどギャグじゃないかと思うような、そういうトンデモSF的な要素と、すごくシリアスで文学的な描写が平然と同居しているのが特徴です。英語圏でも日本でも、今こんなSFを書く人はいない。『三体』は、本格SFの伝統があまりない中国だからこそ生まれた怪作とも言えます」
一方で、『三体』には、中国で60年代から70年代にかけて、資本家や文化人が糾弾された文化大革命という、中国現代史上の大事件が、物語の重要な要素として登場する。邦訳では、文化大革命時のエピソードは冒頭に登場するが、実は中国で最初に単行本化されたバージョンでは、その箇所は、物語の途中に回想のような形で挟み込まれていた。
ところが英訳版では、雑誌連載時と同じく、その箇所が冒頭になっている。本来、作者が意図していたのはそちらの構成だったということで、邦訳もその構成を採用している。
中国語版で文化大革命を冒頭に持ってくることを避けたのは、政府当局を刺激するのを避けたかったからではないかとも推測されるが、真意は不明だ。なお、発電所でエンジニアをしながらSF小説を書き始めたという経歴の劉慈欣は63年生まれで、文化大革命の時代を記憶している世代である。
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