「中国サッカーの故郷」で政治や差別に翻弄される少数民族…“朝鮮族”をつなぐサッカー文化
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今も社会に翻弄される朝鮮族とサッカー
ただ、2部リーグの優勝から再びのスーパーリーグ降格までの3年間は、チームにとって、また朝鮮族社会にとっても大きな影響を与えた年月となった。故郷を離れている朝鮮族は、週末に居住地の地元の飲食店に集まり、酒を酌み交わしながら、愛する地元チームをあらん限りの声で応援した。本来であれば、一生会わないかもしれない同郷の人々が、サッカーを通じて北京やソウル、東京、ニューヨークなど移民先の都市で互いに知り合うことになった。そこで新しいネットワークが次々と構築されたのだ。オンライン空間では、サッカーをはじめ、民族共同体への懸念や政治、経済など多方面にわたる議論が活発に交わされる。政治的な主張が公式的にはもはや不可能な中国社会の中で、サッカー文化が新たな自己を表現したり、多様な言説を生む有効な「媒体」となっていたのだ。
さて、そんな朝鮮族の人々の期待の星であり、民族的団結の中心でもあった「延辺富徳FC」は19年2月、スポンサーの巨額の税金滞納を理由に、自治州政府から急遽チームを解散させられることになった。公式的には、クラブが払うべき選手たちの所得税の未納問題が取り上げられているが、地方政府の権限でチームを温存させる可能性は充分に残っていたし、「なぜ解散までしなければならなかったのか」と不可解に思うファンは少なくない。サッカーが少数民族である朝鮮族のアイデンティティーを鼓舞するという政治的理由から解散が強行されたといううわさもあるが、本当の理由は謎のままだ。
チーム解体と共に、他のクラブに移籍した地元選手や、延辺から北京国安、広州恒大などビッククラブに移籍し、中国代表にも選ばれている朝鮮族選手(現在4人)たちは試合を楽しむ人たちに新たな希望を生んでいる。そして朝鮮族自治州のサッカー協会はこの間、3部リーグチームの再整備を宣言。地元チームの再建を望む人々は、海外団体と共に連携を図り、国内外で人脈や資本を集めている。代表的なのは5月中旬、日本人コーチの派遣や日本システムによるユース育成の強化を考案し、J1・湘南ベルマーレの関係者と延辺を訪問した在日朝鮮族サッカー協会の事例を挙げることができる。
少数民族チームの栄光と解散。しかし、朝鮮族のサッカーストーリーは終わっていない。文化資本として定着したサッカー文化を捨てることは共同体の解体であるという考え方が、広く共有されているからではないだろうか。サッカーが紡ぐ民族の歴史が、中国のサッカー史の中にもあるのだ。(サイゾー8月号『中韓(禁)エンタメ大全』より)
洪 龍日(Yongil HONG)
1984年中国東北部延辺生まれ。2009年来日。東京大学大学院総合文化研究科・博士課程に在学。大学院ではスポーツ社会学、文化人類学、政治学を専攻している。日本国内問題と国際的なイシューを交えた移民問題、コミュニティ研究、地域社会論などを研究テーマとしている。在日朝鮮族サッカー協会の実務にも従事。
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