この国にはかつてエロ雑誌が群雄割拠していた! 『日本エロ本全史』著者が語るエロ本の栄華盛衰記
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なぜか失踪するエロ本の編集者たち
安田さんがエロ雑誌でがっつりと仕事を始めたのは、1993年ごろから。バブルは崩壊していたが、エロ本業界はまだまだ元気だった。安田さんは多いときには20誌のエロ雑誌で連載を抱えていたという。当時の業界の内情はどのようなものだったのだろうか?
「エロ本の編集者というと、白夜書房の末井さんらごく一部だけが有名になっていますが、他にも名編集者たちはいました。でも、エロ本の編集者はあまり名前を出したがらないんです。雑誌のクレジットは変名にし、家族にも黙っていた編集者が多かったようです。『うちの出版社はエロ本も出しているけど、俺がつくっているのはネコの雑誌だ』とか家族に話していたそうです。
エロ雑誌のライターというと滅茶苦茶な人間と思われがちですが、むしろ編集者のほうにヤバい人が多かった。突然、音信不通になって失踪する編集者がけっこういました。理由はよく分かりませんが、ふと何もかも嫌になってしまうのかもしれません。中には会社のお金を持ち出して消える人もいました。でも、しばらくするとその編集者は戻ってきて、何食わぬ顔をしてまた仕事をしているんです。かつてのエロ本業界はすごく牧歌的でしたね(笑)。
当時、エロ本で仕事をしていた頃は、企画書なんて書いたことがありません。原稿はファックスで編集部に送っていましたが、図版などは編集部に届けに行っていたので、そのときに編集者とバカ話をして、それが次の企画に繋がっていった。僕は英知出版での仕事が多かったんですが、社内にいくつもの編集部があったので、他の編集部にも紹介してもらい、仕事が増えていったんです。エロ雑誌向けに書いた原稿で、編集部から修正を求められたことはなかったですね。送った原稿を編集者はちゃんと読んでいるのかなと疑問に感じることもありました。連載で以前書いたネタを忘れて、うっかりまた書いてしまったんですが、編集者はそのことに気づかず、そのまま雑誌に載ったこともあります(笑)。
確かにエロ本は原稿料が安かったけど、企画で遊べたし、経費が使えるなどの自由度があった。小さい出版社だとあまり経費は使えませんでしたが、『スコラ』(スコラ社)とか売れている雑誌にその分の経費を回すなんてことも可能でした。今の出版業界ではありえないことが通用したのが、かつてのエロ本業界でしたね」
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