不寛容さが生み出す最凶ヴィラン『ジョーカー』 物議を醸す問題作だが、現実社会と大きな相違点
#パンドラ映画館
心の支えである夢が犯罪を招くというアイロニー
新たに派遣された小児病棟で入院中の子どもたちを励ましていたアーサーだが、うっかりポケットに入れていた拳銃を床に落としてしまう。このことが会社にバレ、アーサーは事情を説明できないまま即刻解雇。さらに笑えない出来事が重なる。長年通っていた精神カウンセリングが福祉予算の削減のために打ち切られ、精神安定剤がもらえない。母ペニーは一家の窮状を手紙にしたためて、かつて働いていた大企業の経営者トーマス・ウェイン(ブレット・カレン)宛に何度も送るが、返事は届かない。母子はさらに追い詰められていく。
アーサーの怒りは爆発寸前だった。職場をクビになり、ピエロメイクのまま帰路に就いたアーサーは、地下鉄の車両内で酔っぱらった大企業の若いビジネスマンたちに絡まれる。このとき、アーサーの中で何かが弾けた。地下鉄の室内灯が消える瞬間、ビジネスマンたちの射殺死体が折り重なっていく。アーサーの中で怪物・ジョーカーが目覚め始めた。
もはや“勧善懲悪”という図式は、この作品には当てはまらない。悪役はスーパーヒーローを引き立てるために、生まれてきたのではない。社会のルールに従い、真っ当に生きようと努めてきた人間が、不寛容な社会に抑圧され、どうしようもなく最凶ヴィランへと変身を遂げることになる。アーサーがジョーカーへと変身する引き金となるのは拳銃だけではなかった。アーサーが抱いていたコメディアンになりたい、みんなに愛されたいという願いが、絶望へと変わり、アーサーの背中を押す。子どもの頃から抱いていた夢や理想が、純粋無垢な人間を犯罪者へと導くというアイロニカルな物語だ。殺人ピエロと化したアーサーの笑い声が、悲しげに街に響く。
本作を撮ったのは、『ハングオーバー! 消えた花ムコと史上最悪の二日酔い』(09)をはじめとする『ハングオーバー』三部作を大ヒットさせたトッド・フィリップス監督。今回はロバート・デニーロ主演のブラックコメディ『キング・オブ・コメディ』(82)の“本歌取り”というスタイルを使い、『キング・オブ・コメディ』で描かれた劇場型犯罪をより過激な形で現代に甦らせた。パンチの効いたジョークで人々を楽しませたいというアーサーの願望は、よりパンチ力のある衝撃映像として視聴者に届けられることになる。
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