刑務所で食らった本とは? A-THUGとBESが激白するラッパーの“獄中読書”
#ヒップホップ #サイゾーpremium
人生でつまずいたときにタメになるユダヤの教典
B 本は差し入れてもらうことも多いよね。
A うん、俺は映画の原作本をいっぱい差し入れてもらったな。『スカーフェイス』『カリートの道』『ブロウ』みたいなギャングものが多かったけど、映画『スラムドッグ$ミリオネア』の原作である『ぼくと1ルピーの神様』【2】も読んだ。インドの悲惨なゲトーで育った少年がクイズ番組でとんでもない賞金をゲトる話だけど、俺も川崎のストリートでサバイブしてきたから、かなりグッときた。
B 俺が印象に残ってるのは、シュン君(DJ/トラックメイカーのONE-LAW)が差し入れてくれた『ヘルズ・キッチン』【3】。登場人物の男がいろいろやらかして刑務所に入るんだけど、そこでレイプされちゃうシーンがあってね。そしたら俺が入ってるときに、おっちゃん同士でヤッて懲罰受けた人たちがいてさ。それはレイプじゃないんだけど、リアルに感じて衝撃を受けたよ。
A それはエグいなぁ……。
B エンタメ系もわりと読んだね。伊坂幸太郎の『陽気なギャングが地球を回す』【4】とか。違うスキルを持った4人の犯罪者が強盗をやる話なんだけど、基本的には会話劇でさ。テンポがいいから、スゲー読みやすい。ひとつのトピックに対して4人それぞれが違う視点を持ってるのが面白かった。あと、馳星周の『生誕祭』【5】もよかったね。
A 昔、新宿でバーテンやってて、映画にもなった『不夜城』(角川文庫)を書いた人だよね?
B そうそう。『不夜城』の原作は暴力描写がスゴいけど、『生誕祭』のテーマは暴力じゃなくて欲望。80年代後半の東京が舞台で、主人公はもともと六本木のディスコの黒服なんだ。バブル時代の東京でいろんな人と知り合って、地上げでものスゴい大金を動かすようになる。
A 普通に面白い系だと、都市伝説の本をよく読んだな。ちなみに、俺はオバケも宇宙人もまったく信じてないんだけど、横浜拘置所にはマジでオバケが出る! あそこの独居に入ると、耳鳴りはスゴいし、何度も金縛りに遭った。もちろん体は疲れてないのにね。霊感なんて全然ないんだけど、あの独居だけはもう行きたくない……。
B 音楽系の本もちょくちょく読んだね。例えば、ボブ・マーリーの奥さんのリタ・マーリーが書いた『ボブ・マーリーとともに』【6】。ボブ・マーリーって聖人みたいなイメージがあるけど、意外とゲスいこともやらかしてる人なんだなって思った。
A そうなんだ(笑)。でも俺、ボブ・マーリーの詩集『バイブス ボブ・マーリィの波動』(宝島社)には結構パワーもらったよ。
B そういうのを読んで、獄中でリリック書いたりした? 俺は無理だった。少なくとも雑居じゃ書けない。イラついて全然集中できない。
A ちゃんとしたリリックじゃないんだけど、本を読んで気になったフレーズはノートにメモってたよ。50セントの『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』【7】って自伝小説に書いてある、「夜明け前は一番暗い」とかね。「冬の寒いなか路上で夜中にクラック【註:アメリカの貧困地区で蔓延したクラック・コカインのこと】を売っても、時給8ドルで働いてるマックの店員より稼げないことはある」という一文も、スゲー共感した。ほかには『タルムード』【8】にもインスパイアされたんだけど、知ってる?
B 知らないなぁ。
A ユダヤ教の聖典で、人生の究極みたいなことしか書いてないんだ。「たとえ右手がなくなったとしても、左手でできることを考えろ」「足がなくなっても、首があることに感謝しろ」とかね。人生っていろいろつまずくじゃん。でも、そんなんで気持ちを持ってかれちゃうのはダセーぞってことが、延々と書かれてるんだよ。
B なるほど。やっぱ、ムショにいるときはアガる本がいいね。そういう意味では、日本人がアメリカの刑務所に入ってチカーノ・ギャングになった『KEI チカーノになった日本人』【9】とか、日系2世のアメリカ人がイタリアン・マフィアの大幹部にまで登り詰めた『モンタナ・ジョー マフィアのドンになった日本人』(小学館)みたいな自伝、ノンフィクションが超面白かったよ。まあ、どっちも俺とはスケールが違いすぎて、あそこまでタフにはなれないんだけど。
A 結局、シャバにいたって人は裸一貫で生きてかなきゃいけないってことなんだよ。「GUNS AND BUTTER」っていう黒人のことわざがあってさ。“BUTTER”は富の象徴で、金とかドラッグみたいに持ってるとイキがれるもの。けど、いざというときに身を守ってくれるのは“GUN”なわけじゃん。つまり、人生は戦いってことだと思うんだ。暴力的になれってことじゃなくてね。俺は刑務所の読書でそういう人生のヒントを得た。
B でも、俺はもう2度と入りたくないな……。
A そんなに難しく考えなくてもいいんじゃない? ムショも社会のシステムのひとつにすぎないから。俺の趣味はイリーガルなものばかりだから、またキャッチされるかもしれない。けど、俺らはこのシステムで生きていくしかないわけで。
B トニー君は本当に強い人だよね。だから、前向きに考えられるし、逆境をチャンスに変えられると。ドラッグで壊れちゃったこともある俺はそこまで強い人間じゃないけど、信念だけはしっかり持たなきゃいけないと思ってる。それはムショの中で学んだし、こうしてトニー君と本の話をしても強く感じた。
A BES君も『タルムード』を読みなよ。SCARSのメンバーとして、一緒に生きていこう。Live for everything, die for nothing!(月刊サイゾー7月号『ヤバい本150冊』より)
A-THUG(エーサグ)
1980年、川崎市川崎区生まれ。2000年代、SCARSのリーダーとして頭角を現わす。その後、ソロ・アルバム『BRIGHT SON!!』などを発表。最新作はEP『PLUG』。近年は、KNZZやKILLA EAT、DJ J-SCHEMEと共にDMF(DAWG MAFIA FAMILY)としても活動している。
BES(ベス)
1978年、東京生まれ。SWANKY SWIPEのメインMCとして活動を始め、SCARSに加入。2007年に「UMB」で準優勝に輝き、08年発表の1stソロ・アルバム『REBUILD』は高く評価された。近作に『CONVECTION』、ISSUGIとの『VIRIDIAN SHOOT』がある。

◇◇◇
【1】『アニー』トーマス・ミーハン/三辺律子訳/あすなろ書房(14年)11歳の孤児の少女アニーが孤児院を抜け出し、まだ見ぬ両親を探しにいく。苦難の連続を乗り越えた先で、アニーを待つものとは――。そんな超人気ミュージカルの小説版が、こちら。

【2】『ぼくと1ルピーの神様』ヴィカス・スワラップ/子安亜弥訳/ランダムハウス講談社(06年)舞台はインド。孤児ラムはクイズ番組で難問を正解し、超高額賞金を獲得するが、不正が疑われて逮捕。ラムはなぜ難問に答えられたのか? 映画『スラムドッグ$ミリオネア』の原作。
【3】『ヘルズ・キッチン』ジェフリー・ディーヴァー/澁谷正子訳/ハヤカワ・ミステリ文庫(02年)主人公ペラムは、放火犯として逮捕された老婦人の無実を証明するため、真犯人を探す。ニューヨークのヘルズ・キッチンを舞台に、ギャングや孤児など土地に根づいた人間が登場。
【4】『陽気なギャングが地球を回す』伊坂幸太郎/祥伝社文庫(06年) それぞれ違うスキルを持った4人が銀行強盗を実行。見事成功したかのように見えたが、逃走中に「売上」を横取りされてしまう。映画を観ているかのようなスピード感ある文体が特徴の本作は、著者の出世作である。
【5】『生誕祭』馳星周/文春文庫(06年)80年代後半、バブル全盛期の東京。六本木のディスコでバイトする彰洋は、幼馴染みの麻美と偶然再会し、若き不動産屋の美千隆を紹介される。彰洋は美千隆に影響され、地上げで大金を動かす楽しさを知ってしまう。
【6】『ボブ・マーリーとともに』リタ・マーリー/山川真理訳/河出書房新社(05年)ボブ・マーリーの妻リタ・マーリーの自伝。夫であるボブを「レゲエの神様」ではなく、ひとりの人間として見た彼女の貴重な証言が綴られる。妻しか知り得ないボブの意外な逸話もアリ。
【7】『ゲット・リッチ・オア・ダイ・トライン』50セント/江口研一訳/青山出版社(06年)「9発の銃弾を撃ち込まれた男」こと50セントの自伝小説。ニューヨーク・クイーンズのゴロツキだった彼が、ラッパーとして成り上がる過程が描かれる。書名は自身の大ヒット作から。
【8】『タルムード入門Ⅰ』A・コーヘン/村岡崇光訳/教文館(98年)ユダヤ教徒の信仰、生活の基になっているといわれる聖典『タルムード』。もともとはラビ(僧侶)が『旧約聖書』をさまざまな角度から解釈した対話を記録したものとされる。本書をはじめ、解釈本が多数刊行されている。

【9】『KEI チカーノになった日本人』KEI/東京キララ社(09年)FBIの囮捜査で捕まったKEIはLAの刑務所に服役した。獄中でたったひとりの日本人として孤立した彼は、チカーノ(メキシコ系アメリカ人)・ギャングのボスと運命的に出会う。そうした壮絶な半生の記録である。
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