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本で学ぶヒップホップ史

ブラックミュージックが世界を席巻する理由 差別、文化、神への信仰…識者が推す「ラップ現代史選書」

 ヒットチャートをにぎわすヒップホップ/ラップが、日常に溶け込んだ形はほかにもある。表立って語らることがないため見過ごされがちだが、ヒップホップにおける宗教的表現の類いがそれだ。ギャングスタ・ラッパーは教会から厳しい批判を受けてきたが、中には普段からキリストの頭部をかたどった“ジーザス・ピース”なるチェーンをぶら下げるだけでなく、リリックで神や天国、さらにはイエス・キリストに言及する者も多く存在する。一方で、80年代初頭には、キリスト教徒によってクリスチャン・ラップ/ゴスペル・ラップが誕生した。日本基督教団阿倍野教会の牧師、そして神学者である山下壮起氏による『ヒップホップ・レザレクション―ラップ・ミュージックとキリスト教』【6】(発売は7月25日を予定)は、ヒップホップの担い手であるアフリカ系アメリカ人における宗教観をテーマにした画期的な著書。アフリカ系アメリカ人の宗教史を紐解きながら、キリスト教にとどまらない宗教の多様性や聖俗観までもフォローしている。

「ヒップホップにおいて、ラッパーたちは薬物の違法売買や銃による暴力といったストリートの現実を題材として取り上げてきました。そのため、反社会的な音楽と見なされ、キリスト教会から厳しく批判されてきた。しかし、ラッパーたちの中にはそうした現実に重ね合わせながら、神や天国、さらにはイエス・キリストといった宗教的モチーフに言及する者が多数いるんですね。それは一体なぜなのか? 拙著はその問いを端緒として、ヒップホップの宗教的な側面を掘り下げたものであり、黒人神学者ジェイムズ・H・コーンの『黒人霊歌とブルース―アメリカ黒人の信仰と神学』【7】における議論を継承したものです。西洋的な宗教観では、聖なるものは世俗から切り離して考えられるのに対して、アフリカでは、“聖”と“俗”は人間の現実の中に混在しているとされる。そうしたアフリカ的な宗教性が宗教音楽である黒人霊歌だけでなく、世俗のものと規定された音楽にも継承されているんです」(山下氏)

 その音楽にあたるものが、ヒップホップだというのだろうか。キリスト教とヒップホップといえば、ここ最近もっとも注目を集めたものとして、アメリカ・カリフォルニア州の野外フェス「コーチェラ・フェスティバル」の一環として開催された、ご存知カニエ・ウェストの“サンデーサービス(日曜礼拝)”がある。

「カニエはゴスペル・ソングと自身の楽曲を一緒に演奏することで、ゴスペル・ソングとヒップホップに神の救いのメッセージが通底していることを示そうとしたのかもしれません。教会がヒップホップを批判してきたことに対して、カニエはサンデーサービスを通して、自由に神を賛美する在り方を教会やクリスチャンに提示。その一方で、非クリスチャンにも神を賛美する喜びや、神への賛美は自由であることを伝えるという目的があったようにも思えます」(同)

 つまり、山下氏が選んだ『黒人霊歌とブルース』の著者、ジェイムズ・H・コーンの考察が、カニエのサンデーサービスにも当てはまるということなのだろうか。さらに山下氏は興味深い見解を示す。

「憶測になりますが、サンデーサービスはカニエの“トランプ支持”から考えることも可能だと思います。福音派の81%がトランプを支持していることを考えるなら、カニエは自身の“宣教”のために福音派をリスナーとして取り込もうと考えているのかもしれません。つまり、サンデーサービスのようなパフォーマンスを行い、世俗音楽に距離を置く福音派からも自身の動向に注目を集めようとしているということです。もしそうだとするなら、カニエはゴスペル・ソングとヒップホップをクロスオーバーさせ、両者に通底する神への視点に気づかせることで、福音派の教条主義的な側面の克服を目指しているとも考えられます。カニエは自身の宣教の課題を聖と俗のクロスオーバーに据えて、宗教の枠を超えたキリスト教的霊性に基づく運動を展開しようとしているのかもしれませんね」

 こうして三氏の選書を並べると、ヒップホップ/ラップは、単なる音楽として扱うだけでは済まされないほど、日常のさまざまな局面において、その深部にまで浸透しているといえるだろう。

 そもそもヒップホップ・カルチャーの流行と共に知られるようになった「キープ・イット・リアル(Keep It Real)」という言葉がある。「自分を偽るな、自分自身であれ」という意味だ。それには、まず自分自身を知らなければならない。だが、そう容易ではなく模索し続けるのが、ヒップホップなのである。さらに、それを聴いた人々が触発され、今回紹介した小説『ザ・ヘイト~』、あるいは論考『ヒップホップ・レザレクション』のような著作が生まれ、ヒップホップ/ラップ・ミュージックにほとんどなじみのない人たちにも影響を与えることになる。

 最初のラップ・レコードが発売された時から数えても。およそ40年の歳月を経た19年、ヒップホップ・カルチャーから生まれたヒップホップ/ラップ・ミュージックは、単にヒットチャートやストリーミングのデータ上だけで人気を得ているだけではない。そのエッセンスが、歳月を重ねることで、さらに濃縮されてもいるのだ。長谷川氏は近年のヒップホップに対する所感として、いみじくも次のように述べている。

「ヒップホップは単なる音楽というよりも、今のアメリカ社会を生きる人々の“集合的無意識のサウンドトラック”だと思う」

 音楽的観点はもちろんだが、文化や映画など、本稿で紹介してきた本を通じ、別の視座からヒップホップ/ラップを眺めてみるのも、実に新鮮なのである。(月刊サイゾー7月号特集『ヤバい本』より)

◇◇◇

【1】『文化系のためのヒップホップ入門1』
長谷川町蔵×大和田俊之/アルテスパブリッシング(11年)
11年に発売された第一弾に続き、昨年には第二弾も登場した「ヒップホップの正しい聴き方」の入門書。かの山下達郎も太鼓判を押すほどのベストセラーだ。

◇◇◇

【2】『ラップ・イヤー・ブック』
シェイ・セラーノ/小林雅明訳/DU BOOKS(17年)
ラップ創成期から現在に至るまでの約40年間の軌跡を振り返るバイブル。図解でわかりやすく、ビギナーはもちろん、上級者でもじっくり楽しめる内容になっている。

◇◇◇

【3】『ミックステープ文化論』
小林雅明/シンコーミュージック(18年)
ヒップホップ文化を語る上では、決して外すことのできない“ミックステープ”という一種のプロモーション。今やグラミー賞も受賞するその文化の歴史を探る。

◇◇◇

【4】『ブラックムービー ガイド』
杏レラト/スモール出版(18年)
『ワイルド・スタイル』や『ストレイト・アウタ・コンプトン』『ゲット・アウト』など、ブラックムービー黎明期から近年作まで、ブラックカルチャーの歴史と変遷を追う。

◇◇◇

【5】『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ あなたがくれた憎しみ』
アンジー・トーマス/服部理佳訳/岩崎書店(18年)
女子高生のスターは、10歳のときに幼馴染みのカリルが拳銃で撃たれる現場を目撃してしまう。実際にアメリカで起きている社会問題と重ね合わせられる傑作。

◇◇◇

【6】『ヒップホップ・レザレクション―ラップ・ミュージックとキリスト教』
山下壮起/新教出版社(19年7月25日発売予定)
ヒップホップのオリジネイターであるアフリカ系アメリカ人の宗教性にスポットを当て、キリスト教との関係や聖俗観を徹底的に分析する。

◇◇◇

【7】『黒人霊歌とブルース―アメリカ黒人の信仰と神学』
ジェイムズ・H・コーン/梶原寿訳/新教出版社(83年)
黒人が奴隷制時代に生き延びるために作り出した黒人霊歌と、奴隷解放後に黒人が生みだしたブルースを結びつけ、その表現形態を考察する。

最終更新:2019/08/27 10:00
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