小籔&有吉も閉口…『ハードボイルドグルメリポート』が覆す食番組の概念
#小籔千豊 #テレビ日記
小籔千豊「いや、こっち戻られても別に……特に……」
グルメ番組といえば、15日にこんな特別番組が放送されていた。番組名は『ウルトラハイパーハードボイルドグルメリポート』(テレビ東京系)。タイトルの長さ、ゴテゴテさとは反対に、パイプ椅子が2脚だけ置かれた簡素なスタジオには、小籔千豊と有吉弘行の2人のみ。オープニングのトークもそこそこに、番組はVTRに移り、これから放送されるロケ映像のダイジェストが流れる。その最後には、こんなテロップが入った。
「これはグルメ番組です」
そう、これは「グルメ番組」である。しかし、カメラを向けるのはミシュランガイドに掲載された名店の料理ではないし、下町の商店街のコロッケでもない。過去に同番組で放送されたのは、リベリアの元少女兵の食事、ロシアのカルト教団の食事、アメリカのギャングの食事など。「食うこと、すなわち生きること」というコンセプトのもと、日本で退屈しのぎにテレビを見ている(かもしれない)多くの人たちからすると、あまりにも隔たった世界に生きている人たちのリアルに、食を通して迫る。そんな「グルメ番組」である。
今回放送されたのは、ケニアの首都ナイロビにある巨大なゴミ山で生きる青年の食事、これまで800万人以上が落命したといわれるボリビアの鉱山で働く鉱夫の食事、ブルガリアでチョウザメを密漁しキャビアを売りさばく漁師の食事だ。この記事では、1つ目のVTRの食事のシーンのみを主に取り上げる。
ナイロビ中のゴミが集まるダンドラ地区。そのゴミ山の中を歩くスタッフは、ジョセフという名前の18歳の若者に出会う。ここで暮らし始めて4年。ゴミ山を回ったり、住宅街に向かうゴミ収集車に乗り込んだりしながら、プラスチックや金属を集めて生計を立てているという。両親は貧しく、彼を養うことができないため、14歳で食べ物を探しにここに来たらしい。
住宅街でのゴミ収集を終えたジョセフは、ゴミ山に戻り、食事の準備を始める。火をつけるために枯れ枝を集め、直射日光などで自然発火しているゴミ山から火種を調達する。着火剤として仕込んでいたのは、クッションの中綿だ。通訳がスタッフに「アスベストです」と説明する。そういえば青年は、住宅街での仕事中もしきりにせき込んでいた。ついさっきまで、あたりには 通り雨が降っていた。ゴミ山の上で火をたく青年の背中に虹がかかる。
調理が始まる。拾ってきたのであろう缶をネットで洗い、水を入れて火にかける。水が沸騰したら店で買ってきた米を入れて炊き、赤い煮豆を入れる。作っているのは、どうやら赤飯のようなものだ。
出来上がった赤飯を、ジョセフは大きなペットボトルの下を切って作った器に入れ、プラスチックのスプーンで食べる。湯気が立ったできたてを、フーフーしながら食べる。少し熱くなってきたのか、服で顔を拭う。下唇に米粒がつく。虫が飛ぶ。そして、周囲にはゴミが堆積している。ゴミに紛れたスイカやトマトの種が、ゴミの中から芽を出している。カメラは、無表情に手と口を動かすジョセフの顔を捉える。
赤飯を頬張っていたジョセフは、カメラを持つスタッフに「食べたい?」と問いかける。スタッフは「いいの?」と言って、代わりに自分が食べる様子を「このカメラで撮ってくれない?」と頼む。青年とスタッフは、赤飯とカメラを交換する。ジョセフはカメラを構える。撮る側と撮られる側が入れ替わり、視線の向きが反転する。食うこと、すなわち生きること。同じ生きる者として、食を介して反転が起こる。テレビ画面には、さっきまで青年を撮影していたスタッフが映る。スタッフは赤飯を食べ、カメラに向けて親指を立てる。「でしょ?」とカメラの手前で青年が少し弾んだ声で言う。
食事を終えたジョセフに「ここでの暮らしはどう?」とスタッフが問う。「できればここを出ていきたい」と青年は答える。お金があれば、両親を探して会いに行ける。将来は家庭を築きたい。“プレイステーション屋” を開いて、そのゲーム代で稼ぎたい(番組によると、アフリカの多くの国々では、家庭用ゲーム機が1台手に入れば、客をとってプレイ代で稼ぐことができるらしい)。
スタッフは最後に「いま幸せ?」と尋ねる。ジョセフは答える。
「あなたに会えたから幸せだよ」
VTRの最後に、取材の後日談が挿入される。取材から1週間後、ダンドラ地区で連続強盗事件が発生した。ジョセフも巻き込まれ、腹と背をナイフで刺された。しかし、運良く病院に運ばれ、翌日にはゴミ山に帰ったという。映像は、病院のようなところでベッドの上 に座るジョセフの写真で終わる。
カメラは再びスタジオの2人を映す。顔をしかめたままの小籔と有吉。数秒の沈黙が続いた後、小籔が口を開く。
「いや、こっち戻られても別に……特に……」
現地の生活の厳しさ、そこで生きる青年の知恵と優しさ、どんな環境でも幸せを見いだそうとする人間のたくましさ、危険地帯に少人数で踏み込むスタッフの覚悟、それを安全圏でテレビ画面を通して見ている自分たち。そして、そんなAI的な出来合いの感想を言葉にすることのつまらなさ。画面の向こうとこちらの現実は、あまりにも隔たっている。赤飯とカメラを入れ替えるようには、僕たちは現実を入れ替えることができない。
ロケのVTRを見て、スタジオの芸能人が何かコメントをする。そんなフォーマットの番組はとても多いけれど、コメントを求められても「別に……特に……」と絞り出すほかない、スタジオの芸能人が機能不全になってしまう映像の強度を持った「グルメ番組」だった。
(文=飲用てれび<http://inyou.hatenablog.com/>)
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