刹那的な感情はやがて大切な記憶へと変容する。 路面電車マニアは見逃せない井浦新主演『嵐電』
#パンドラ映画館
ちんちん電車が好きだ。「ちんちん」と鐘を鳴らすことから「ちんちん電車」と呼び親しまれていたが、いつしか「路面電車」と言われるようになってしまった。「ちんちん」と公衆の面前で口にするのが憚れるからだろうか。それはさておき、ちんちん電車、もとい路面電車が今も走る街には独特の風情がある。札幌、函館、東京の下町・荒川、滋賀、大阪、岡山、広島、松山、高知、長崎、熊本、鹿児島……。まだ足が延ばせずにいる富山、高岡、福井、豊橋にも一度行ってみたい。最高時速40キロ前後とのんびりした速度で走る路面電車は、地元住民の生活に密着した足であり、ゆっくりと流れる車窓はツーリストたちを楽しませてくれる。井浦新主演作『嵐電』は、そんな路面電車好きには堪らない映画となっている。
映画『嵐電』はその名の通り、京都を走る京福電気鉄道嵐山線、通称「嵐電(らんでん)」をモチーフにした作品だ。嵐山本線は四条大宮と人気観光地・嵐山を結ぶ全長7.2キロという短い路線(北野線を合せても11キロ)。だが、開業109年という長い歴史を持っている。また、沿線には東映京都撮影所と松竹京都映画撮影所の他にも、芸能の神さまを祀る車折神社などの有名スポットがあり、映画界とも縁が深い。『私は猫ストーカー』(09)や『ゲゲゲの女房』(10)など、たゆたうような時間の流れをドラマに仕立ててきた鈴木卓爾監督が、古い映画の街の古い路線を舞台に、ちょっと不思議な物語を紡いでいく。
ノンフィクション作家の衛星(井浦新)が京都を訪ねてきたところから、物語は始まる。衛星は嵐電が走る路線のすぐ側の安いアパートを借り、嵐電をめぐる不思議な話を集めようとしていた。早速、「夕子さん電車」と呼ばれるラッピング電車を一緒に見たカップルは幸せになれるという都市伝説を耳にする。教えてくれたのは、嵐電を8ミリカメラで撮影することに熱中している地元の高校生・子午線(石田健太)だった。そんな子午線に、修学旅行で青森からやって来た女子高生の南天(窪瀬環)はひと目惚れ。南天に追い掛けられるうちに、子午線は「好きなものをカメラに撮っているのか、カメラで撮ったから好きになるのか」分からなくなってしまう。
もうひとつ、映画の撮影所でも若い恋が芽吹いていく。太秦の撮影所近くのカフェで働く嘉子(大西礼芳)は撮影所へ仕出しを届けた際に、東京から来た若い男優・譜雨(金井浩人)の京都弁指導を頼まれる。その日の朝、電車の中で慣れない京都弁を譜雨が懸命に口ずさんでいるのを、嘉子は見かけていた。人づきあいが苦手な嘉子は、渋々ながら台本の読み合わせに応じることに。ところが、たどたどしい京都弁の譜雨と恋愛シーンの台詞のやりとりを交わしているうちに、感情が勝手に動き始める。譜雨から嵐山の河原で台詞指導の続きをしてほしいと頼まれ、ついついOKする嘉子だった。
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