新宿の名物男がドキュメンタリー映画になった!! 映画と美女と酒を愛する仮面の男『新宿タイガー』
#映画 #パンドラ映画館
その男の生態は……
新宿タイガーの生態を追うということは、彼が生息する新宿という街を記録することでもある。新聞を配り、集金をし、仕事が終われば新宿のシネコンやミニシアターをはしごする。夜更けとなり、新宿タイガーが向かうのは新宿ゴールデン街だ。
新宿タイガーが恋をしているのは、スクリーンの中の美女たちだけではない。生身の女性にも熱く愛を語る。お面をはずした素顔の新宿タイガーがバーカウンターでお気に入りの舞台女優を熱心に口説く様子を、カメラは映し出す。「理想の女性」「最高の女優」と褒めちぎられ、ホロ酔い気分の女優もまんざらでもないらしい。仮面を被ったファンタジックな男と虚構の世界に生きる女優は相性が合うのかもしれない。
映画や女優についてはエンドレスで語り続ける新宿タイガーだが、自身の過去については口数が減る。なぜ、タイガーマスクのお面を被るようになったのかと尋ねても「野生の勘」としか語らない。そこで佐藤監督ら取材クルーは、新宿タイガーが誕生して45年になることに着目した。長野県生まれの新宿タイガーが上京したのが1967年で、「新宿の虎になる」ことを決意したのが1972年。1960年代の新宿は、若者たちが理想や夢を語り合う活気と自由さに溢れた街だった。学生運動の華やかな時代で、若者たちは自分たちの手で理想社会を生み出せると信じていた。若松孝二を師匠と仰ぐ白石和彌監督が実録映画『止められるか、俺たちを』(18)で描いた時代だ。しかし、72年に「あさま山荘事件」が起こり、その熱気は急激に冷めていく。
若者たちが夢や理想を語らなくなったことへのアンチテーゼとして、どうやら新宿タイガーは孤独な闘いを続けているらしい。つまり新宿タイガーは「ひとりフラワーチルドレン」、もしくは「走るラブ&ピース」ということになる。45年間休むことなく新宿を駆け抜ける仮面の男の、分かりにくいダンディズムに本作は触れている。
見方によっては孤高のメッセンジャーにも思えるし、ただの女好き・酒好きな変わり者のおっさんにも見える。多分、どちらも新宿タイガーの正しい一面ではないだろうか。新宿きっての名物男であり、かつ変わり者でもある新宿タイガーをゴールデン街は優しく迎え入れる。ゴールデン街にあるバー「シネストーク」のオーナーである田代葉子ママは、新宿タイガーとの思い出を振り返る。「癌の治療を受けて髪が抜けた後、チリチリ頭になって。みんな触れないようにしていたけど、新宿タイガーは『おっ、ピーターパンだ』と笑ってくれた。あの言葉にすごく救われた」。葉子ママの瞳には、新宿タイガーは大切なヒーローとして映っているようだ。
葉子ママは語る。「新宿タイガーは新宿の風なんじゃないかと思う」と。夢やロマンを語る新宿タイガーに対して、ロマンチックな言葉を贈る葉子ママ。ロマンにはロマンで応えるのが、新宿で青春を過ごした大人たちの流儀らしい。
新宿には早朝と夕方、極彩色の風が吹き抜けていく。人は呼ぶ、彼のことを「新宿タイガー」と。新宿タイガーがこの街から姿を消すことになったら、新宿はひどく味気ない退屈なビル街になってしまうだろう。「新宿タイガーに逢うといいことがある」。そんな都市伝説を広めながら、新宿タイガーには映画と美女について、いつまでも熱く語り続けてほしい。
(文=長野辰次)
『新宿タイガー』
監督・撮影・編集/佐藤慶紀 ナレーション/寺島しのぶ
出演/八嶋智人、渋川清彦、睡蓮みどり、井口昇、久保新二、石川雄也、里美瑤子、宮下今日子、外波山文明、速水今日子、しのはら実加、田代葉子、大上こうじ
配給/渋谷プロダクション 3月22日(金)よりテアトル新宿にてレイトショー
(c)「新宿タイガー」の映画を作る会
http://shinjuku-tiger.com
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