市井の人々を追う価値を改めて知る『東京湾岸畸人伝』
#雑誌 #出版 #昼間たかしの「100人にしかわからない本千冊」
なかなか市井の人を取材するのは苦労するものである。だって「何を目的に……?」とか言われることもしばしばあるからだ。
とうとうと、取材する理由とか情熱を語ることができるとは限らない。だって、なんとなく関心があって、どういうふうに書くのか。それをどういう媒体で発表するのか。何も決まっていないままに取材が始まることも、たびたびあるからだ。
『東京湾岸畸人伝』(朝日新聞出版)では、築地のマグロの仲卸、横浜港の沖仲仕、馬堀海岸の能面師、木更津の寺の住職、久里浜のアル中病棟の広告アートディレクター、羽田の老漁師と、東京湾岸に暮らす市井の人々の人生を追っていく。
この山田清機という書き手の筆致は見事。名前からしてハードボイルドな雰囲気だけど、この本といい『東京タクシードライバー』(同)といい、ハードボイルドな文体と行動で、取材対象の人生と生き様とを追っていく。
うっすらとテーマ性は見えるけど、それよりも書き手の興味が情熱が光る。なんというか、自分しか出会うことができなかったであろう取材対象に、どんどん惹かれていくのを隠さないのである。
どの章も、オシャレとはまったく無縁であることは言うまでもない。でも、この泥臭さこそが湾岸の片隅にある人生をキラリと光らせているのだ。
実のところ、この本に出会ったのは、たまたまであった。ふと、ネットで見つけた書評を読んで「こんな本があったのか」と、すぐに購入したのである。
こうした本。書き手の興味を出発点として、無名の人々を追っていくノンフィクション。それは、今は決して主流にはなり得ていないだろう。でも、ノンフィクションの本質とは、こうした作品にあるということを、改めて教えてくれるはずだ。
(文=昼間たかし)
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事