アンチノミーを抱えたハリウッドの頑固オヤジ! クリント・イーストウッドが贖罪の旅『運び屋』
#映画 #パンドラ映画館
旅する園芸家アールには実在のモデルがいるものの、イーストウッド自身の姿とダブッて映る。イーストウッドも映画づくりに情熱を注ぐことを優先して生きてきた。映画の仕事がないときは、趣味の音楽に時間を割いた。その分、家族と過ごす時間は少なく、離婚と再婚を重ねてきた。『アウトロー』(76)から『ダーティハリー4』(83)まで度々共演した女優ソンドラ・ロックとは長年ダブル不倫関係にあり、最後は慰謝料をめぐって泥沼裁判となった。映画人としての名声とは裏腹に、家庭人としてはダメダメな人生を歩んでいる。
運び屋稼業で生活力を取り戻したアールじいさんは、これまで傷つけてきた別れた妻メアリーや顔を合わせようともしない娘アイリスに詫びを入れる。もちろん、運び屋をやっていることは内緒にして。結婚生活が実質10年しか保たなかった元妻メアリーは、アールに向かって囁く。「あなたは私にとって最愛の人。でも、あなたは私に最大の苦痛も与える」と。憎んでも憎みきれない人。それがアールであり、またイーストウッドでもある。
イーストウッド監督作は、どれもストーリーは明瞭だが、テーマは深遠なものが多く、簡単には咀嚼することができない。イーストウッド監督作を観ながら思ったことは、この人はアンチノミー(自己矛盾)そのものを描いているのではないかということだ。
イーストウッドが監督としての作家性を明確に発揮し始めたのは、『ホワイトハンター ブラックハート』(90)からだろう。ハリウッドの巨匠ジョン・ヒューストンをモデルにした主人公は人種差別を嫌うリベラリストでありながら、“地上で最も崇高な生き物”アフリカ象をハンティングすることに異常な執念を燃やす。『ミリオンダラー・ベイビー』(04)ではボクシングに生き甲斐を見い出したヒロインに、死の引導を渡す役割を演じた。
実質的にイーストウッドが監督した犯罪サスペンス『タイトロープ』(84)も興味深い作品だった。風俗嬢を専門に狙う強姦殺人鬼の足取りを調べるうちに、刑事役のイーストウッドはアブノーマルなSM世界へとハマってしまう。犯罪者を追い詰める刑事の心の中にも、黒い影が蠢いていた。新人監督をクビにしてまで映画づくりにのめり込む父親の姿は、『タイトロープ』で親子共演していた少女時代のアリソン・イーストウッドの目にはどのように映っていたのだろうか。
与えられ人生を、目の前に続く道を懸命に走れば走るほど、自分の生き方は矛盾をはらんでいることに気づくことになる。多くの人を楽しませるために映画づくりに励んできたイーストウッドだが、気がつけば身近な人たちを傷つけてしまっていた。別れ離れになっていた家族と復縁するためにアールじいさんは、せっせと麻薬を全米各地へとバラまき、多くのジャンキーを生み出すことになる。アールじいさんとイーストウッドは、表裏一体の関係ではないだろうか。
どうすれば、このアンチノミーを解消することができるのだろうか。多分、この難解な方程式は死ぬまで解くことはできないと思う。それでも、その答えを求めてイーストウッドは旅を続ける。自分が抱え込んだアンチノミーとどう向き合うのか。それが生きるということなのかもしれない。
(文=長野辰次)
『運び屋』
監督・製作/クリント・イーストウッド 脚本/ニック・シェンク
出演/クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、マイケル・ペーニャ、ダイアン・ウィースト、アンディ・ガルシア、イグナシオ・セリッチオ、アリソン・イーストウッド、タイッサ・ファーミガ
配給/ワーナー・ブラザース映画 3月8日(金)より全国公開
(C)2018 VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED, WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT LLC
http://wwws.warnerbros.co.jp/hakobiyamovie
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