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昼間たかしの「100人にしかわからない本千冊」56冊目

どうでもいい出来事ゆえに、どうでもよくない……シリーズ:ジョゼフ・ミッチェル作品集

『さよなら、シャーリー・テンプル (ジョゼフ・ミッチェル作品集)』(柏書房)

 さて、前回の続きからで、柏書房から刊行されたジョゼフ・ミッチェルの作品集についてである。

 このミッチェルという書き手が、名文かどうかは原書を読んでいないので、筆者もわからない。筆者、読めないなりにノンフィクションなどは原書ではどう書いてあるのかと、何冊も取り寄せて読んだりしている。だいたい、どの文章も難しい。やたらと接続詞やら、関係代名詞で言葉をつなげているのは当たり前。学校の英語の授業でいわれたかもしれない「英米人の言葉は短い」というのは、大嘘である。

 その上で、この作品が優れているのは、ミッチェルの選んでいる題材である。

 とにかく、市井の人や、街の奇人変人を、ミッチェルは丹念に描写している。表題作にもなっている『マクソーリーの素敵な酒場』は、21世紀の現在も存在する老舗の酒場が舞台の作品なのだが、初代からの店主のエピソード。そして、客達の様子を克明に描いていく。

 収録作の『レディ・オルガ』で描くのは、生まれながらに長いひげを生やしていたために、人生の長い期間を見世物小屋の見世物として生きていた女性の人生。

『さよなら、シャーリー・テンプル』に収録されている『ジプシーの女たち』では、長らく警察でジプシーの取り締まりを担当した警察官を軸に、アメリカにどうやってジプシーが流れてきたのかについて、その家系の系統から、犯罪の手口までもを克明に描いている(註:あくまでのその時代の視点である、念のため)。

 どれも思うのは「これ、どうやって取材したんだろう」ということである。当然、その時代に現代のようなレコーダーなどないので、話を克明にメモしたのはわかる。それだけではない。

 どういったきっかけを得て、長時間を共にしたのだろうか。

 どのテーマも「取材させてください」と、相手に時間を割いてもらって、材料が集まるものではない。登場する人物たちと長い時間を過ごすことが必要だ。なにより、当時の視点では「そんなこと取材して、何か意味あるの?」と思えるような価値のない人や出来事を、作品になった時に価値あるものにしているのである。

 最初から、メジャーな人物に触れるのでもなく、世間の人が注目する事件を扱うのではない。ここに、ミッチェルという人物の輝きがある。

 輝きはあるというけれど、いま、これを日本語訳して、多くの人が手に取るかと思えば疑問だ。ネットで検索してもジョゼフ・ミッチェルという名前は、いまだウィキペディアも存在しない。

 ところが、SNSを見る限り、読んだ人は確実に絶賛の言葉を記しているのである。

 わかるだろうか。人は求めているのである。丹念な取材と書き手の視点を。そして、冒険でも事件でもない市井の人の物語を。
(文=昼間たかし)

最終更新:2019/11/07 18:33
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