水道民営化は確実に失敗する! 成功の見込みが薄い法律をなぜ安倍政権は通そうとするのか
11月27日、いまだ生煮え状態の出入国管理法改正案を衆議院で強行採決した安倍政権だが、さらにもうひとつ、国の根幹に関わる重要法案を、まともな議論もないまま成立させようとしている。
11月22日から水道の民営化を押し進める水道法改正案が参議院厚生労働委員会で審議入りしているが、今国会で強行採決されるのではと見られている。
水道法改正案は7月の通常国会ですでに衆議院を通過。野党からは反対意見が出ていたが、わずか8時間で可決してしまっている。
国民の「命」に直接関わる法案であり、与野党できちんと議論したうえで問題点を洗い出すべきだが、いつも通り安倍政権にそのような姿勢は見られない。
そもそも、なぜ水道事業を民営化させる必要があるのか?
政府はその理由について「高齢化社会が進み人口が減少していくなか、水道事業で得られる収入も減少し、人材も不足していく恐れがある」「高度経済成長期に整備された水道管が耐用年数を迎えている」といったことから、水道事業に民間の力が必要であるとしている。
しかし、民営化でそのような目的が達成されるかは甚だ疑問。水道を民営化させている国や地域は世界中いたるところにあるが、すでに失敗している前例が山ほどあるからだ。
巷間指摘されている通り、世界を見れば水道事業はもはや「民営化」ではなく、「民営化したものを再公営化」する動きが主流となっている。再公営化に踏み切ったのは、過去15年間で37カ国235都市にもおよんでいる。なかには、水道会社に多額の違約金を払ってまで再公営化したケースまであるのだ。
水道民営化にともなうトラブルは世界各地で起きている
11月2日に日本公開されたマイケル・ムーア監督最新作『華氏119』でも、水道民営化をめぐる問題が描かれている。マイケル・ムーア監督の故郷であるミシガン州フリント市は、水道民営化でトラブルが起きた場所のひとつだ。
パソコンメーカー・ゲートウェイの元会長であるリック・スナイダー州知事(実業家から政治家に転身したという点でトランプ大統領と同じキャリアを歩んでおり、実際トランプ大統領とも親しい)は水道事業を民営化させた。
それまでフリント市は五大湖のひとつであるヒューロン湖を水源としていたのだが、2014年にコストカットのためフリント川に水源が切り替わる。これが大問題を引き起こした。フリント川は汚染された川だったからだ。
『華氏119』では、水源が切り替わった直後にフリント市の住民が撮影したホームビデオの映像が流されるが、お風呂の蛇口をひねると茶色い泥水が流れ出す様子はショッキングである。
問題はこれだけではない。フリント川から流れ込む汚い水は、水道管の腐食を急速に進め、フリント市の水道水に水道管の鉛が流れ込んでしまった。その結果、鉛中毒になってしまう子どもが多く現れる。鉛中毒は脳障害などの健康被害をおよぼす恐れがあり、住民たちは訴訟やデモを起こしたが、水道管を交換する見込みなどは立たず、現在まで問題は解決できていない。
先進国、開発途上国問わず、水道民営化は失敗事例だらけ
今国会では、民営化によって水道料金が上がるのではとの指摘がなされているが、その通りとなったのがフランスのパリである。
パリは1985年から、水道事業の給水(ヴェオリア・ウォーター社とスエズ社)や、水質管理(SAGEP社)を民間会社に委託しているが、結果として起きたのは水道料金の大幅な値上げ。1985年から2009年の間に265%も水道料金が上がったという。
その水道料金激増の背景には裏があった。パリでは、会社が情報を開示しないことで、公の機関が技術面での監視や査定ができなくなっていき、年次報告書では7%の利益が上がっていると報告されていたのに、実際は15%から20%の利益が上がっていた。また、30%もの収益が企業内留保金に消えたというデータもあるという。値上げした水道料金が、民間企業の懐に消えていたのである。
こういった経緯を経て、パリでは水道事業の再公営化がなされ、2010年からは水道公社が直営体制で水道事業を担うことになった。
この他にも、南アフリカでは、民営化後に貧困層を中心に1000万人が水道を止められたことで、汚染された川の水で生活せざるを得なくなる人が続出し、コレラで亡くなる人も多く出た。また、南米のボリビアでも、民営化による水道料金の値上げで水道を止められる人が続出、住民が反対運動を起こして政府と衝突し、デモで死者まで出ている。
このように、先進国、開発途上国問わず、世界各国で問題が続出している水道事業の民営化。こういった先例を見る限り、日本が今、水道民営化に乗り出しても同じ轍を踏むのは確実だが、なぜ安倍政権はリスクを承知で水道事業の民営化をゴリ押ししようとしているのか。
なぜそこまで水道民営化にこだわるのか?
そのヒントとなる指摘が、11月29日の参議院厚生労働委員会でなされた。安倍政権と「ウォーター・バロン(水男爵)」「水メジャー」と呼ばれる多国籍企業の関係が疑われたのだ。
日本の水道民営化は、所有権は公的機関に残したまま、運営業務の権利を民間に任せる「コンセッション方式」をとる。その際、運営業者は、ヴェオリア社、スエズ社などの多国籍企業になることが確実視されている。大規模な水道業のノウハウをもち、実務に耐えうる力をもっているのはそういった企業だからだ。
前述の厚生労働委員会で、社民党の福島瑞穂氏は、内閣府民間資金等活用事業推進室に、ヴェオリア社日本法人からの出向職員が勤務している点を指摘。「この法案で最も利益を得る可能性がある水メジャーの担当者が内閣府の担当部署にいる。利害関係者がいて公平性がない」と述べた。
この構図に、なぜ反対意見を振り切ってまで、安倍政権が水道民営化を強行したいのかの理由が、すべて現れている。
水道事業の民営化が世界各国でうまく行っていないのは、利益をあげることを最優先する民間事業ではおろそかにされてしまう部分こそが、水道事業において大切なことだからだ。
水質管理や水道管の補修などは直接利益に結びつくことではない。むしろ、コストカットの対象となりがちな部分である。しかし、水は人々の「命」に直接関わってくるもので、お金にはならなくてもきちんとした管理を行っていくことが必要だ。そういった面では民間企業ではなく、国や地方自治体などが担うほうがうまくいく。
こういったことは他国の先行事例を見れば火を見るより明らかだ。それにも関わらず、まともな議論をすることもなく水道法改正案を押し進める安倍政権は、自分たちの金儲けのためならば、国民の命などどうでもいいと思っているとしか思えない。
どうしてテレビはこの問題を扱わなかったのか
そして、この問題を通して改めて浮き彫りになったのは、メディア、特に、地上波のテレビのひどさだ。
衆議院での可決時はこの問題についてまともに報じることはなかったし、参議院で審議入りしてからも、各局のニュース番組やワイドショーはカルロス・ゴーン容疑者の話ばかり。ここ数日になってようやく取り上げ始めたが、時すでに遅しの感は否めない。
もしも、夏の通常国会の時点からきちんとこの問題を取り上げて国民的議論になっていたら、なにか変わっていたかもしれないが、そんな「if」の話をしても仕方がない。
日本は水道水が安全に飲める数少ない国として知られてきたが、このままいけば、それが昔話になる日もそう遠くないだろう。
(倉野尾 実)
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