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日刊サイゾー トップ > カルチャー > 本・マンガ  > 女性上位の耐えられない五感の快楽
【ルポルタージュ】セイレンの妖しいささやき──

『その指先でころがして』『甘く奏でて』ディビの描く“女性上位の耐えられない五感”の快楽

「漫画を描こうとして描き始めたんじゃないんです。漫画で飯を食べる気もなかったし。小説もそう。漫画も小説も大好きで、村上春樹は好きだけど、自分で書こうとは思ったことなんてなくて……」

 また、少し笑う。

 自分で作品を創って生きていこう。そんな意識以前に、絵筆を執ったこともなかった。大学では建築を学び、授業で図面を引くこともあった。だから、建築を見て回ったり、絵を見ることは好きだった。でも、自分が絵筆を執ることは、まったく意識の外だった。それが「今すぐ書きたい」に変わったのは瞬間の出来事。2009年。映画館で『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を観た時だった。

 ぼくの脳裏にも、序に続き破を映画館で観た時の興奮が再生される。「どこに、そんなにはまる要素が……?」

「全部」

 ふっと真剣な顔。

「全部……?」ぼくが次の質問に詰まっていると思ったのか、ディビのほうが言葉を繋ぐ。

「ストーリーよりはシーンですね。エヴァが走るところとか」

 この時「やられた」と思うまで、さほど熱心に作品を観ていたわけではなかった。オタク文化全般についてもそうだった。高校の頃に好きだった漫画は『ONE PIECE』。大学の時、実家を離れて暮らした地方都市には、アニメイトはあったけれども、あまり足を運ぶこともなかった。同人誌即売会も、コミックマーケットにはいまだに足を運んだことがない。一度、一般参加でコミティアにいったことがあるだけ。日々、親しんでいる文化の中に漫画やアニメも分別なく存在はした。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』を映画館で観たのは『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』も、たまたま映画館で観ていたからというだけ。映画やアニメなど映像作品には、熱心になれる性質ではない。今も昔も、時間を割くのは漫画と小説。序の時から、映画館で見たのは、友達に誘われたという偶然の産物。その偶然の産物が、意識を変えた。

「ほんとうに、度肝を抜かれて……人生の中で人生観が変わった映画を挙げろといわれたら、迷うことなんて……」

 で、何かを描きたい、つくりたいと思った。

「今までずっと貯めていたのが、あれで溢れたのだと思うんです。それまで、つくろうという意志は漠然とはあったかもしれないけど……」

 何が噴き出したのかはわからないが、とにかく沸きあがってくるものに突き動かされた。「まずは、イラストを描いてみよう」。大学の研究室には、Photoshopが入っていた。そこにある機材で、どれくらい絵がかけるのかもわからなかった。なにより、他人の目もある場所でエロはもちろんのこと、キャラクターの絵など描きにくい。これなら大丈夫だろうと思ってフランク・ロイドの建築で有名なカウフマン邸を描いた。コメント欄には「滝の上にある実在の建築です。通称落水荘。 …かんぷなきまでにもりがかけない」と記した。が、しかし、それで、たくさん「いいね」がもらえたりコメントをしてくれるはずはない。ただ、自分がどれくらい描けるのかだけは、わかった。

 それが2009年の6月。そこから、絵を描く練習が始まった。それから数年間、ディビがpixivにアップしたイラストは、様々。エヴァンゲリオンのほか葛葉ライドウ。SF風なしずかちゃんや、メカと宮崎アニメの組み合わせ。pixivで公開するイラストの間には膨大な練習もあった。写真を見ながら描いてみたり、デッサンを重ねる。ともすれば、モラトリアムな若者にありがちな淡い情熱。でも、ディビはそうではなかった。大学を卒業した後、実家に戻りサラリーマンになった。学生から社会人になると、自ずと自由になる時間は減る。それでも、描き続けた。

「描き始めたのが遅いから、量でカバーするしかないと思ったんです……」

 当初、SF風なイラストを描いていたのは、弐瓶勉をはじめSF作品を好んだいたからだ。「それが、なぜ、エロに移ったんでしょう……」そう問うと、ディビは少し困った顔。

「うーん、自分で謎です」

「きっかけがあったのでは……」

「なんでだろう……どうだったかな……」

「年相応に、エロ漫画も読んでいたでしょう」

「そう、それまでエロメディアにあまり触れていなかったんです。谷崎潤一郎も嫌いじゃ無いけど、影響を受ける程じゃないし」

「pixivで描いたものが初めての……」

「そう、最初に書いたヤツ……なんで描いたんだろう……」

 初めて描いた、本格的なエロは2013年10月にpixivにアップした『シドニアの騎士』の二次創作「シドニア裏百景・緑川纈の調教部屋(男の娘注意)」。ここで初めて、現在の作品のルーツが生まれているのだが、これもまた生まれた理由がわからない。

「自分にマゾ性があるとしたら、自覚したのはいつ頃からなのか……」明解な答えなど出ない。

「生まれつき、最初からじゃないですか」

「影響された作品とかも……」わかっていても、とりあえず聞いてみる。

「昔から……人生を思い出しても、それ以外で興奮したことがない……」

 人並みに恋愛もセックスも経験したこともある。でも、興奮するのは、それ。好きなキャラクターを問えば出てくるのは『動物のお医者さん』の菱沼さんと、漫画版『風の谷のナウシカ』のクシャナ様。

「これも意識はしてなくて……菱沼さんはキャラとして好きなだけだけど、クシャナ様は、心底いい……」

「本当に、いつからそうなのか」何か、思い出すことはないかと、ぼくは再度問う。

「はっと気づいた時には、そうなっていたから……。だから、女性上位が当たり前。たぶん、そうでなければ、一本も描けない……」

 また、照れ笑いを浮かべて恥ずかしそうに語る。言葉で自分を飾ったりすることもなく、ただ正直に。だから、少し恥ずかしい。

 と、言葉は少ないがエロを描いたことで、何かがディビに降臨した。それから12月まで、コマ割りをしてみたり、一枚絵にしてみたり。『シドニアの騎士』と『艦隊これくしょん -艦これ-』をテーマに描くこと12作品。13作品目でたどり着いたのが、オリジナル。「男の娘が後輩に虐めぬかれるエロ漫画」というタイトルのそれは、絵が発展途上なことを除けば、完全に現在の作風の原型だ。男の娘、ケモノ耳、おねショタ……。そこから、商業誌から声がかかるまで、一年と数カ月。それは、幸運というよりは必然。そう、まだ絵は発展途上。でも、手書きで刻まれる女性上位の責めの言葉。そこにあるのは、オリジナリティ。股間どころか、快楽中枢を直撃する魔法の呪文。

 それも、やっぱり描きたいように描いていたら、生まれたもの。

「漫画の書き方のような本……読んだことなくて……漫画の文法はあんまり考えずに描き始めたんで」

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