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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム >  パンドラ映画館  > 優しい嘘で塗り固めた『鈴木家の嘘』
深読みCINEMAコラム【パンドラ映画館】vol.506

映画は嘘をつくメディアである。優しい嘘で塗り固めた新人監督の社会派コメディ『鈴木家の嘘』

 女相撲を題材にした瀬々敬久監督の『菊とギロチン』(18)でヒロインに選ばれた若手女優・木竜麻生は、今回さらにナイーヴな難役への挑戦となった。兄が首をつった現場を目撃しただけでなく、警察の遺体確認にも立ち会った富美はトラウマとなって、夜は眠れず、勉強にも部活の練習にも身が入らない。何よりも、部屋に引きこもっていた兄に優しい言葉を掛けられずにいたことに自責の念を感じていた。富美の通うグリーフケアの集いがリアルに描かれる。自死によって家族や恋人を失った人たちが円座となって、それぞれの体験を語り合う。思春期の娘を失った母親、夫が鉄道自殺を遂げたために多額の賠償金を請求されている主婦。強烈な体験の持ち主たちに囲まれ、富美はひと言もしゃべることができない。心のキズは時間をかけて少しずつ癒していくしか方法はなかった。

葉加瀬太郎を思わせる陽気な叔父さん役の大森南朋。叔母役の岸本加世子は樹木希林ばりのバイタリティー溢れるキャラを演じている。

 映画とは、もともと嘘をつくメディアだ。赤の他人である俳優たちが偽物の家族を演じ、偽りの愛の言葉を交わし合って偽りの恋人たちを演じるのが劇映画だ。でも、そんな嘘の中にほんの少しの真実が混じっていることで、観客は心地よく騙され、共鳴することになる。フィクションだと分かっていても、つい笑ってしまい、涙をこぼすことになる。『鈴木家の嘘』の中で描かれる“嘘”の中に混じっているものは、キズついた家族を思いやる優しさだろう。そして亡くなった息子が今も元気に生きているという嘘をつくことで、不在のはずの息子の存在を家族それぞれが心の中で確かめ合うことになる。嘘の中に含まれた真実が、ボロボロになった家族を辛うじて支える。

 野尻監督はお兄さんが亡くなったことを10年間ほど人に話すことができなかったそうだ。自死で亡くなったと話すとその場が凍ってしまうため、病気で亡くなった、事故で亡くなったと嘘をたびたびついていたという。監督デビュー作に向き合うとき、改めて思い浮かんだのが死因を周囲に隠していたお兄さんの存在だった。

「兄の死を正面から扱うことだけは決めていました。しかし、あの日の光景が脳裏に浮かんできては涙が止まらず、脚本を書くことが時には困難でした。何度も形を変えようと思いましたが、ここだけは逃げてはいけないと思い書き上げました。ヒロインの富美がもがき苦しんだり、『自死遺族の会』に通ったり、鈴木家の父・幸男の過去のエピソードは実体験や取材をもとに形を変えて入れています」と野尻監督は語っている。

 苦心に苦心を重ね、亡くなったお兄さんとの思い出を、笑える温かい劇映画へと昇華させた。映画づくりが、野尻監督にとってのいちばんのグリーフケアとなったのではないだろうか。
(文=長野辰次)

『鈴木家の嘘』
監督・脚本/野尻克己
出演/岸部一徳、原日出子、木竜麻生、加瀬亮、吉本菜穂子、宇野祥平、山岸門人、川面千晶、島田桃依、金子岳憲、レベッカ・ヤマダ、政岡泰志、岸本加世子、大森南朋
配給/ビターズ・エンド PG12 11月16日(金)より新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
(c)松竹ブロードキャスティング
http://suzukikenouso.com

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最終更新:2018/11/16 22:30
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