お騒がせ監督はお騒がせ大統領を止められるか? 日常化する暴言に慣れることの危険度『華氏119』
#映画 #パンドラ映画館
「教師を銃で武装させればいい。そうすれば、学校内で起きた乱射事件をすぐに鎮圧することができる」。どこのキチガイの戯言かと思いきや、米国の現役大統領ドナルド・トランプの発言だった。2018年2月14日、米国フロリダ州パークランドの高校で、同校を退学させられた19歳の少年がAR-15(半自動小銃)を乱射して、生徒と教職員合わせて17人が亡くなる事件が起きた。地元の高校生を中心に銃規制運動が広がる中、トランプ大統領はよりにもよって事件被害者の遺族に向かって冒頭の発言をしている。教師たちに射撃の練習を積ませれば、事件を抑制できるだけでなく、銃や銃弾の需要をさらに高めることもできるという武器商人のようなトランプ発言に、米国民の多くはあきれ顔で受け流している。
暴言、虚言に慣れてしまうなんて、それこそヤツの思うつぼではないかと、ひとりの男が立ち上がった。『ボウリング・フォー・コロンバイン』(02)で全米ライフル協会の会長チャールトン・ヘストン宅を直撃取材し、『華氏911』(04)でブッシュ元大統領とウサマ・ビンラディンとの裏の繋がりを暴いた過激なドキュメンタリー監督マイケル・ムーアの出番である。かつて“お騒がせ監督”としてアポなし突撃取材を繰り返したムーア監督。アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞に選ばれた『華氏911』の受賞スピーチの場でイラク侵攻を決定したブッシュ政権を批判して以降、自宅に脅迫状が山のように届くようになった。顔もすっかり知られてしまい、以前のような突撃取材は難しくなっている。
海外の福祉政策&教育事情を追った『マイケル・ムーアの世界侵略のススメ』(15)を撮るなど、米国内ではしばらく静かにしていたムーア監督だが、連日の暴言、虚言で米国民の判断能力を麻痺させているトランプ政権にはかつてない危機感を感じている。このままトランプ政権に2期目も任せれば、米国、いや世界はとんでもないことになってしまう。何とか2020年の大統領選挙の行方を左右する中間選挙の投票日(11月6日)の前に一矢を報いようと、『華氏119』を緊急公開することになった。
トランプ政権をひっくり返すような衝撃スクープが『華氏119』に投入されているわけではない。米国人が観たら「もう、知ってるよ」というネタがほとんどだろう。でも、その慣れこそがいちばんヤバいんだとムーア監督は言いたげだ。トランプ大統領が元モデル、現在は大統領補佐官である娘イヴァンカを溺愛していることは周知の事実だが、ムーア監督は改めて、トランプ大統領がイヴァンカに投げ掛ける脂ぎった視線や腰に回した手つきの嫌らしさがじっとり伝わってくる映像を並べてみせる。「娘じゃなかったら、付き合いたい」というトランプの肉声がその映像に被さる。娘じゃなくても、大統領補佐官なのに。
本作の中で大きなパートを占めるのは、ムーア監督の故郷であるミシガン州フリント市で起きた水道水鉛汚染問題。ミシガン州の州知事は元実業家のリック・スナイダー。トランプ大統領とは以前から仲が良く、スナイダーが州知事選に出馬した際にトランプは支援している。州知事の椅子に座ったスナイダーはビジネスマンとして培ってきたノウハウを活かそうと、公共事業の民営化を進めた。赤字財政のフリント市はそれまではデトロイト市から水道水を購入してきたが、地元フリント川の水を汲み上げ、水道管には安い鉛管を使うことになった。その結果、フリント川の汚染水は鉛管を腐食し、水道水に鉛が混入するという恐ろしい事態に。鉛の入った水道水を飲んだフリント市の子どもたちは、次々と鉛中毒に陥った。2016年に入ってオバマ大統領が緊急事態宣言を出すほどの深刻な状況だった。合理化の名のもとに民営化を進められたフリント市の悲惨な光景は、近い将来の米国全体、そして日本の姿に思えてならない。
サイゾー人気記事ランキングすべて見る
イチオシ記事