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日刊サイゾー トップ > 連載・コラム  > オウムに期待していた「宝島30」(上)
昼間たかしの100人にしかわからない本千冊 47冊目

みんなどこかでオウム真理教に期待していた「宝島30」(上)

「宝島30 1995年7月号」(宝島社)

 少し前に、麻原彰晃をはじめオウム真理教の幹部の死刑が執行され、再びオウム真理教が注目された。すでに、地下鉄サリン事件も遠い昔のこと。これから先、オウム真理教の起こした一連の事件も、歴史上の出来事として以外は触れられることはなくなるだろう。

 さて、久しぶりに振り返る機会を得たオウム真理教の事件。その中で、登場した新たな論点がある。

 それは、オウム真理教が伸長した背景に、1980年代末から90年代にかけてのサブカルチャーが影響を及ぼしているのではないかというものだ。

 人があまり注目していないもの、目を背けるようなものを是とするサブカル文化。それを、一種の協力者だったというような文脈で。

 今さら何をいうのか。

 すべてが歴史となろうとしている段階になって、あたかも第三者的な視点で、そうした文化が「悪」だったというような主張には、違和感を禁じ得ない。

 だって、あの頃、確かに多くの人たちが、オウム真理教を楽しんでいたのは、紛れもない事実だったのだから。

 そんなことを考えて、再び本棚から取り出したのは「宝島30」。宝島社が、別冊宝島の特別編集として発行していたオピニオン誌である。1993年の創刊から最初は隔月刊で。途中からは月間で96年までの3年間だけ発行された雑誌。それまでのメディアが取り扱わない分野へと目を向けたこの雑誌は、後の「実話ナックルズ」(ミリオン出版)のようなネオ実話誌、あるいは、本サイトのようなスタイルのメディアの始祖だったともいえる。

 そんな雑誌が精力的に取り上げ続けたのが、オウム真理教であった。95年3月号掲載の特集「徹底検証 オウム真理教=サリン事件」を皮切りに、同誌は6号連続で、オウム真理教問題をメインの特集に据える。

 同年5月号では「オウム真理教サリン疑惑 麻原彰晃手記」。6月号では「オウム真理教の世界」……。

 いよいよ地下鉄サリン事件によって、オウム真理教の実態が明らかになる中で、同誌の編集方針は完全な逆張りであった。3月号の特集では、青山吉伸弁護士(当時)のインタビューを掲載し、オウム真理教側の主張を全面展開させる。それに続く記事もまた、オウム真理教が疑われている状況に異議を唱えるもの。

 さらには、一連の特集の中では、公安警察がオウム真理教に目を向けさせるためにスパイを潜入させた証拠だとする怪文書も掲載。かと、思えば教団施設・サティアンも取材する。

 では、同誌が目指していたのは、オウム真理教の擁護だったかといえば、そんなことはない。95年9月号に至っては、一連のオウム真理教の取り扱いをめぐって『ゴーマニズム宣言』の「週刊SPA!」(扶桑社)から「SAPIO」(小学館)への移籍を決めた小林よしのりのインタビューを掲載しているのだ。

 そこには明らかに、オウム真理教によって引き起こされた事件を楽しんでいる空気があることは否めない。

 そして、それは当事者以外の社会に存在した空気そのものだった。

 95年。それはバブルの崩壊と共に、始まった暗い時代の始まりであった。いよいよ「リストラ」という言葉が当たり前に用いられるようになっていた。

 もう、この先にはいつまでも終わらない、つまらない日常しかない。そのことを、人々はどこかで感じていた。そんな日常を唾棄したい、やさぐれた気持ちが、90年代独特の悪趣味なものがウケる土壌を作ろうとしていた。

 それらが、くだらない社会になにかの影響を及ぼしてくれるのではないか。ともすれば、明日も会社にいかなくてはいけない日常を終わらせてくれるのではないか。

 そんなことを、どこか「他人事」として。

 結局、オウム真理教が国家転覆を狙い、どんなに武装しようとも実現しなかった幾つもの武装蜂起の計画が成功していても、彼らの考えるところの権力の掌握は不可能だっただろう。どこまでいっても、オウム真理教の引き起こす事件は、どこか遠いところで起こっている話。すべては「他人事」であり、そこに革命情勢はなかったのだから。

(文=昼間たかし)

最終更新:2019/11/07 18:36
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