『この世界の片隅に』の真木太郎プロデューサーが放つ<終わりなき、絶望。> 北村龍平監督最新作『ダウンレンジ』
#映画 #この世界の片隅に
2006年の再会以降、北村は見事にハリウッドでの監督第一作『ミッドナイト・ミート・トレイン』(2008年)を完成させ、続いて『NO ONE LIVES ノー・ワン・リヴズ』 (2013年)を順次発表。
『ルパン三世』(2014年)では邦画メジャー系監督としての存在感と力量をアピールして、大ヒットを記録したことは記憶に新しい。
さらには、ブラッドリー・クーパー、ルーク・エヴァンズという当代のスター俳優を、早い段階から配役してしまうセンスも素晴らしい。
何れにしろ、ハリウッドを拠点として精力的に活動する北村は、もう果てしなく遠い存在になってしまっていた。
* * *
2018年になり、筆者はとある取材を進めていく過程で、2016年に社会現象を巻き起こしたアニメ映画『この世界の片隅に』(監督/片渕須直)の真木太郎プロデューサーと出会った。
あれほどの感動作を世に放った手腕に感服した筆者は、真木の会社を訪れては様々な相談を持ちかけるようになっていった。
その過程で、真木が製作総指揮を担当した北村龍平監督最新作『ダウンレンジ』の存在を知るに至ったのだ。
2018年9月6日『ダウンレンジ』のプレミア試写会が、招待VIP、インフルエンサー、抽選で選ばれた一般参加者を含む総勢300名以上を招いて、渋谷区のイベントスペース・東京カルチャーカルチャーにて開催された。
筆者はルポライターの昼間たかしと共に少し早めに会場入りし、真っ先に監督である北村と製作総指揮の真木に挨拶し、近年もロフトプラスワンへの出演を続けている北村に感謝の意を伝えて後列に着席した。
今回、スケジュールを調整して駆け付け「北村監督の応援に来ました。早く新作が観たかったので!」とエールを贈った、招待VIPの女優・藤原紀香の発言には、北村の次回作を心待ちにしていた人々の気持ちがとても素直に表現されていた。
そして、待望のプレミア試写会が爆音上映で始まった。
日本映画史やアニメーション映画史に歴然と名を遺す、ゴジラやルパン三世の新作オファーといった現実と対峙した際に、ありとあらゆる批判を覚悟の上で敢えてビックマウスで対抗し、ハリウッドに照準を合わせて挑戦を重ねてきた北村龍平という男の人知れぬ虚無感と絶望感が、最新作の『ダウンレンジ』で見事に結実したと確信した。
誰もがうらやむような原作や潤沢な製作資金が与えられた中で、キャラクター設定や人物背景を「お約束」という名の同調圧力で思考停止させられ、「お約束」のキャラクターから、人間が持つ剥き出しの恐怖感や死生観をシンプルに引き出すのをためらった時、あなたならそんな仕事を続けらるのかと、ずっとこちら側に向けたスナイパーのスコープに見張られているような感覚に陥る、極めて先鋭的な作風なのだ。
職務経験上、北村がこのどちらの感覚も併せ持った映画監督であることは確かな事実だ。
この作品の製作に至ったシンプルな動機が、プレミア試写後のトークショーでプロデューサーの真木から語られた。
数年前、ロス在住の北村から真木の会社に国際電話があり、新作のシノプシスを数分でプレゼンしてきたのだという。
ところが、映画の見せ場を早口で捲し立てる受話器の向こうから、突如としてその凄まじいシーンの映像が目の前に現れて仰天し、迷わず製作への名乗りをあげたという逸話が披露された。
真木は言葉と映像がシンクロして浮かび上がるプレゼンを、北村が得意としていることを改めて観客の前で公言した。
さらに、北村から語られたハリウッド映画界の内幕は、宗教対立や国際情勢によって作品の根幹をなすテーマですら、製作側の身勝手な判断で前言撤回してしまうような、複雑かつ無情な世界だった。
『ダウンレンジ』で暗闘するスナイパーは、ハリウッド映画界の傀儡そのもであり、血の通った人間関係を一瞬で無にしてしまう非情な存在として描かれている。
何がなんでもハリウッドで生き残ると決意した北村は、平然とスコープの照準を合わせてくるハリウッドの魔物と対峙しなくてはならない修羅の道を、自ら選んでしまったのだ。
* * *
余談となるが、プレミア試写の会場となった東京カルチャーカルチャーの横山シンスケ店長は、筆者が企画プロデューサーを担当していたロフトプラスワンの元店長にして、かつての同僚である。
今回、プレミア試写の申し込みに対応した際、上映作が北村龍平監督の最新作と聞いて、思わず後ずさりしてしまったという。
理由を尋ねると、見るからにケンカの強そうな北村・若松両監督の出演イベントには、かつて何かと血気盛んな連中が集まり、トラブルが絶えない中で、ケンカの仲裁をするのはいつも店側の自分だったと、遠い目で語ってくれた。
そんな連中の一人が、かつての私なのだが、素直に謝罪できない筆者はさりげなく話題を変え『ダウンレンジ』の感想を伺った。
次の瞬間、横山は血相を変え、「監督にご挨拶して店を出る予定が、冒頭のシーンを観させてもらった途端、あまりの展開の速さに動くことさえ出来なくなり、気付いたらもう90分間が過ぎていたんだよねぇ。正直、こんなに凄い映画だとは思いもよらなかった」と、筆者が伝えようとした見所を先回りして話してくれた。
かつて横山が体験した、突如迫りくる恐怖が新天地の東京カルチャーカルチャーで、現実にならなかったことだけが何よりもの救いだった。
そんなトラウマを抱えつつ、雑多な日々を生き抜いてきた人間だからこそ、この映画の本質を見極めてエキサイトしたのではないかと、筆者は妙に納得してしまった。
「終わりなき、絶望。」
最後に、この傑作の惹句を記しておく。
(取材=昼間たかし/執筆=増田俊樹)
■公開情報
『ダウンレンジ』
9月15日(土)より新宿武蔵野館にて2週間限定レイトショー
9月22日(土)より大阪第七藝術劇場にて公開
監督・製作・原案:北村龍平(『ルパン三世』)
製作総指揮:真木太郎(『この世界の片隅に』)
製作:森コウ
原案・脚本:ジョーイ・オブライアン
出演:ケリー・コーネア、ステファニー・ピアソン、ロッド・ヘルナンデス・フェレラ、アンソニー・カーリュー、アレクサ・イエームス、ジェイソン・トバイアス
製作・配給:ジェンコ
製作協力:イレブン・アーツ
配給協力:エレファント・ハウス
2018年/アメリカ/英語/90分/原題:Downrange/R-15
c)Genco. All Rights Reserved.
公式サイト:http://downrangethemovie.com
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