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日刊サイゾー トップ > エンタメ > ドラマ  > 『このせか』最高視聴率と消えた太極旗

昭和天皇の玉音放送に異議申し立てる片腕すず!! 最高視聴率と消えた太極旗『この世界の片隅に』第8話

■凶報と吉報は同時に訪れる

 すずが慟哭している間に、さらに苦しい目に遭っている人たちがいました。救助活動のために広島市内に入ったハルは、戻ってきてからは体調がすぐれません。どうやら入市被爆してしまったようです。すずの代わりにすずの家族の安否を確かめようとしたハルが被曝してしまうとは、何ともやるせない状況です。さらに原爆投下から数日後、全身が溶けて身元の分からなかった行き倒れの男性の遺体は、刈谷タキ(木野花)の息子だったことが分かります。タキは自分の息子が判別できなかったことを悔いて、泣き崩れるのでした。

 凶報と吉報は譲り合うことなく同時に訪れます。刈谷家の長男が亡くなったことで、長女の幸子(伊藤沙莉)が成瀬(篠原篤)のところへ嫁入りする縁談はご破産となってしまいます。でも戦争が終わったことで、世の中の価値観は大きく変わり始めていました。それまでずっと冴えない男として肩を小さくして過ごしてきた成瀬ですが、タキと幸子に向かって、「おかあさん、わしが息子になりますけん。幸子さんと一緒におれるなら、わしはどこでもええんです!」と力強く婿入り宣言するのでした。バッドニュースとグッドニュースが同時に舞い込み、タキも幸子も泣きながら笑顔を浮かべなくてはならず大忙しでした。同席していたすずも夫の周作(松坂桃李)も、思わずもらい泣き笑いです。

 すずにも吉報がもたらされます。枕崎台風による豪雨と強風が襲う中、びしょ濡れになった女性郵便局員(北浦愛)が一枚のハガキを届けてくれたのです。インクは雨で滲んでいて、文面は読むことができませんでしたが、差出人はすずの妹すみ(久保田紗友)でした。母・キセノ(仙道敦子)や父・十郎(ドロンズ石本)の消息は分かりませんが、少なくともすみは生きているのです。このままでは片腕の復讐鬼になってしまいそうだったすずは、少しずつですが生きる希望を取り戻し始めます。

■視聴率は回復したけれど……

 今年6月から7月にかけての西日本集中豪雨によって、現代の呉市も大きな被害を受けました。傾斜地の多い呉は土石流の起きやすい土地です。水害や地震など自然災害がとても多いこの国では、地域の人たちが支え合わないと生きてはいけません。香川京子が出演する現代パートでも、呉を襲った集中豪雨と地元住民が助け合ったことが触れられました。

 廃屋となっていた現代の北條家でしたが、江口(古舘佑太郎)が週末ごとに通い、佳代(榮倉奈々)が暮らせるようにこっそり片付けを進めていたのでした。ご近所の方たちとも、江口はすでに顔なじみになっているようです。成瀬と同様に、これまで存在感のまるでなかった江口ですが、ここに来てようやく自分の存在をアピールすることができました。すずたちが生き抜いた日々の濃厚さに比べ、何とも軽~い現代パートですが、それは現代がとりあえずは平和なんだということでもあるようです。

 第8話の視聴率は10.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)でした。8月中は8%台と低迷しましたが、第7話の充実した内容を受けて、ようやく10%台の回復に成功しました。第1話と並ぶ、同作にとって最高視聴率です。次週の最終回でこの数字を更新できれば、有終の美を飾ることができそうです。

 数字がアップして、TBS側は喜んでいると思いますが、第8話を見て「これでいいのかな」と思った原作ファンは少なくなかったのではないでしょうか。玉音放送を聞いたすずが段々畑で慟哭するシーンでは、原作では太極旗を掲揚する民家が描かれていました。劇場アニメ版にも太極旗は描かれています。それまで戦争による被害者意識に囚われていたすずですが、実は日本は他国に攻め込み、他民族を暴力で蹂躙していた加害国でもあり、自分もその一員だったことに気づく非常に重要なシーンです。右手を失ったすずは被害者であり、同時に加害者でもあったのです。すずが嗚咽する意味合いが、まるで違ってくるのです。

 TBS側としては、太極旗を出すことで余計な政治感情がネット上などで広まる危険性を回避したのでしょうが、でもそれこそ「覚悟の上だったんじゃないかね」です。原爆や敗戦といった悲劇的要素を扱うことで、テレビドラマ版は視聴率を稼いだと思われてしまうのではないでしょうか。社会に対する無自覚、問題意識のなさが庶民の首を締めることに繋がる恐ろしさも、『このせか』という作品の持っていたテーマのひとつだったはずです。敗戦を単なる悲劇としてしか描かなかったことが、残念でなりません。

 残すところはあと一話、最終回のみです。これまで毎回1~2シーンしかなく、存在意義を問われていた現代パートですが、残されたわずかな時間の中で、「実写版もやるじゃん!」と原作&劇場アニメ版のファンを納得させるオリジナルのフィナーレに着地することができるのでしょうか。すずと佳代、異なる時代に生きる2人が対面する最終回に期待したいと思います。
(文=長野辰次)

最終更新:2018/09/10 20:00
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