右手の喪失、原爆投下……悲しくてやりきれない。神演技が続出した『この世界の片隅に』第7話
#ドラマ #TBS #松坂桃李 #どらまっ子 #この世界の片隅に #松本穂香
■幸せいっぱいの妹・すみ。そして訪れる8月6日
幸子や志野の優しさに触れたすずですが、戦争はますます激しくなり、軍港のある呉市は毎日のように空襲が続きます。夜空を美しく照らす照明弾に続き、焼夷弾が次々と降り注ぎます。すずたちが暮らす丘の上の北條家にも焼夷弾が落ちてきました。燃え始めた畳を、片腕ながらすずは必死で消火します。
軍事演習に向かった夫・周作(松坂桃李)と交わした「この家を守る」という約束を頑なに守っているように映るすずですが、心の中では別のことを考えていました。実は北條家が燃えてなくなれば、自分は広島の実家に帰ることができるという黒い想いがよぎっていたのです。周作と遊女のリン(二階堂ふみ)がかつて恋仲だったことを知ったときも闇堕ちしたすずですが、今回はとことん墜ちていくところまで墜ちていきます。片腕になったすずを演じる松本穂香の瞳に、狂気の光が宿っているように感じられます。
着替えもままならないすずは、すずを憎んでいるはずの径子に手助けしてもらわなくては日常生活を送れません。針のむしろ状態だったすずの前に、広島市の実家から来た仲のよい妹のすみ(久保田紗友)が元気な姿を見せます。陸軍の若い将校といい感じらしく、すみは幸せそうです。言いたいことを口に出せないすずの性格をよく知るすみは、「呉は空襲続きで大変じゃ。広島に帰っておいでや」と勧めます。小さくうなずく、すず。傷ついた姉を気遣う妹の温かい言葉に、視聴者はハラハラしてしまいます。このとき、昭和20年(1945)7月の終わり。広島市に原爆が投下される8月6日まで、あと数日だったからです。
すずのことを心配して北條家に帰ってきた夫・周作でしたが、すずは実家に戻ることをすでに決心していました。周作は「あんたのおる家に帰るのが、うれしかった。あんたは違うんか」とすずを問い詰めます。折しも空襲警報が鳴り響き、米軍機の機銃掃射がすずと周作の頭上に降り注ぎます。逃げ込んだ狭い側溝の中で「聞こえん、聞こえん、何も聞こえん!」とすずは首を振り続けるのでした。周作のもとに嫁いで1年ちょっと。すずなりに頑張って居場所を築いてきたつもりでしたが、戦争という大きな力の前にそんな居場所はあっけなく吹き飛ばされてしまったのです。
■右手を失ったすずが手に入れたものとは……!?
しんどい第7話でしたが、神演技が続出します。伊藤沙莉に続いて、尾野真千子が演技派女優としての実力を遺憾なく発揮します。すずが広島の実家へ帰るその日の朝。晴美を失った径子は、怒りのやり場がなく、すずにつらく当たってきましたが、すずの身の回りの世話はきちんとやってくれています。すずに新しいモンペを仕立てながら、自分よりもすずのほうが可哀想そうだとこぼします。
「私は不幸せとは違う。自分で選んだ道じゃけんね。その点、周りの言いなりに知らん家に嫁にきて、言いなりに働いて、あんたの人生はさぞつまらんと思う。だから、いつでも帰りゃええと思っとった。ただ言うとく。あんたの世話や家事はどうもない。むしろ気が紛れて、ええ。だから、くだらん気兼ねなぞせんと自分で決め。あんたが嫌にならん限り、すずの居場所はここじゃ」
北條家に嫁いできたすずに対し、一貫して厳しい態度だった径子でしたが、ようやく本音を語るのでした。夫を病気で失い、長男の久男を夫の実家に奪われ、さらに唯一残された晴美にすら先立たれた径子の毅然とした態度と言葉が、すずの胸に染みていきます。すずのケアをすることで、径子もまた自分を奮い立たせようとしていたのでした。尾野真千子の芯の強さを感じさせる演技も、実写版『このせか』を大きく支えています。
すずが広島の実家に戻ることを翻意した瞬間、眩しい閃光が北條家に差し込みます。しばらくすると地震かと思うような大きな揺れが襲ってきました。庭へ飛び出した義父の円太郎(田口トモロヲ)が上空を指差します。広島方面の空に、これまで一度も見たことのない巨大な怪しい雲が膨れ上がり、不気味なキノコのような形になっていきます。円太郎によると、「米軍の新型爆弾」だそうです。すずが北條家こそが自分の居場所なんだと確信したその瞬間に、実家のある広島市は原爆の熱風にさらされ、焦土化してしまったのでした。第7話のサブタイルに「絶望の先」とありますが、すずを襲った絶望の先には、さらに巨大な絶望が待ち構えていたのです。何というブラックな落ちでしょう。
2週間ぶりの放送で危ぶまれた視聴率ですが、第7話は9.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区/以下同)でした。ワーストを更新した前回の8.5%から2ケタ目前にまでV字回復しました。過酷な運命に、すずがどう立ち向かうのか多くの視聴者が気になっていたようです。
右手を失ったすずを演じる松本穂香の鬼気迫る表情も、インパクト大だった第7話。一瞬だけ、井口昇監督のアクション映画『片腕マシンガール』(08)を思い出しましたが、おそらく実写版『このせか』がそんな破天荒な展開にこれから進んでいくことはないでしょう。残すところ、あと数話。視聴者からの酷評を気にしてか、佳代(榮倉奈々)たちが登場する現代パートは第7話ではすずの故郷・江波を訪ねる1シーンだけでした。平和な現代で居場所を探し続ける佳代と戦時中を懸命に生きたすず、2つの人生がどのようにクロスするのか注目したいと思います。
(文=長野辰次)
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